人狼ヴァグナー |
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作家 | ジョージ・ウィリアム・マッカーサー・レノルズ |
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出版日 | 2021年07月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2022/03/03 04:05登録) (ネタバレなし) 1516年1月。ドイツの辺境「黒き森」にて、90歳を超した老醜の羊飼いフェルナンド・ヴァグナーは、唯一の身寄りである16歳の孫で美少女アグネスから見捨てられたのではと不安を抱く。そんな彼の前に、見知らぬ一人の男性が登場。魔性の力を持つその相手はヴァグナーの心身に、20歳代の若さと端正な容姿、そして土や屑を高価な金品に変える能力を授けた。だがその代価としてヴァグナーは18ケ月のみその謎の男の従者となり、そして不老の肉体がひと月に一度、狼の姿に変わるという呪いを受けた。それから5年、イタリアのフェレンツェにある、病床のアンドレア・リヴェロラ伯爵の屋敷を舞台に、もう一つの物語が動き出す。 1846~47年の英国作品。 昨年の翻訳ミステリ最大の収穫『ユドルフォ城の怪奇』を読了後、Twitterで同作の感想や評判を漁っていたら「同じくらい面白い、昨年に発掘新訳された『ユドルフォ』同様の古典ゴシックロマン」という主旨で、本作のタイトルが挙げられていた。 Twitterで騒いでいるホラー、ゴシックロマンファン&マニアの方々からすれば、待望の完訳・訳出のようだが、評者はまったく一見のスタンスで読み始めてみる。 ハードカバー一段組、630ページ以上の大冊で、読み終えるまでに三日かかったが、お話そのものは確かに『ユドルフォ城』に近しいレベルのハイテンポ、二世紀近く前の作品ということを考えれば驚異的なリーダビリティであった。 美青年に若返った狼男ヴァグナーはぎりぎり主人公といえるポジションの一角にはいるが、同格かそれ以上にメインキャラと呼んでいいい男女の登場人物たちを主軸に物語も展開。全体としては、カメラをかなり器用に切り替えながらストーリーを転がしていく、群像劇の様相を見せる。 男女間の嫉妬、階級差を超えた恋愛、不倫、策謀、フィレンツェに迫るオスマン帝国の脅威などの要素、さらには邪な情念の巣窟となった修道院や、登場人物が漂着する無人島などのロケーションまで自在に作劇に活用され、ほとんどジェットコースター的な展開と言っていい。 (ちなみに本作は、狼男を主人公にしながらも、決して殺戮の衝動に駆られるモンスターショッカーでは全くない。あくまで群像劇的な、ゴシックロマンに分類できる一作である。) 原書は、もともと貴族向けの読み物であった「ゴシックロマン」を、もっと一般の人や労働階級の読者にも楽しませようとした当時の欧米の出版界の風潮「ペニードレッドフル(1ペニー恐怖小説)」というジャンルの一冊だったそうである。 (評者はゴシックロマンの歴史はそこまで詳しくないのだが、要は1940~50年代のアメリカで、シグネットブックあたりのペーパーバックオリジナルで刊行された私立探偵小説ミステリ、みたいなものだったのだろうな。) 良い意味で奔放にあちこちに話が飛びながら、終盤、冒頭で語られていたリヴェロラ伯爵家の秘密にちゃんと物語の流れが戻ってくる、お話を語る上での舵の切り方にニヤリとした。プロットのメインストリームの捌き方とあわせて、終盤には二層三層、いやもっとか……の多重的な読書の楽しみが満喫できる。 なお本作は、ヴァグナーが対面する悪魔「ファウスト」が登場する連作というか姉妹編の中の一本であり、世界観的には別の物語にもリンクしていくらしい。そっちも面白そうなら、ちょっと読んでみたい。 もちろんゲーテの『ファウスト』にインスパイアされての設定らしいけれど。 『ユドルフォ』がビフテキなら、こちらはたっぷり肉汁の沁み出る厚いハンバーグという感じ。ゴシックロマンも広義のミステリとして楽しめる人なら、どっちも読んでおいて損はないね。つーか読んだ方がいい。 |