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ミステリの祭典

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世界のかなたの森

作家 ウィリアム・モリス
出版日1979年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2022/02/12 11:35登録)
イギリス世紀末のエンタメの代表格がホームズのなのは言うまでもないのだけども、この時期が実に多産だった、というのは驚くほどだ。いわゆる「ファンタジー」も、この時期に出発点があるわけで、直接「ハイ・ファンタジー」に繋がる系譜の元祖も登場する。

本サイトにもいくつかファンタジー系作品も登録されているので、まあいいか、と思って本作。作者のウィリアム・モリスといえば近代デザインの巨人であり、モリス・デザインの壁紙とか生地なら今でも人気商品。活字まで自作の豪華本もあれば、日本だと民芸運動に強烈な影響もあるし...と「手作り」と「近代以前」へのまなざしで、今でもいろいろと影を落としている重要人物であることは間違いない。
しかもチェスタートンのところで評者は触れたけども、イギリスでのカトリック復興、という面でもラスキン以来の系譜を踏んでいていて、それとこの人独自の労働観から特異な社会主義運動の元祖でもあって、ブラウン神父モノの「共産主義者の犯罪」でも話題になっている..と一言で括れない人物なんだけども、さらに自身の「中世趣味」を生かして、ファンタジーの元祖でもあるわけだ。

中世を思わせる素朴な語り口で語られて、まさに「異世界に遊ぶ」心持ちになる本格的な「ファンタジー」は、まさにこういうモリスの「近代批判」があって成立したものであり、しかもそれが今に至る一大ジャンルを形成した、のも別口のモリスの業績になる。

海辺の町の富裕な商人の息子ウォルターは、家内のトラブルから逃れて船出をしようとしていたが、醜い小人・女奴隷らしいメイド・美しい女王の三人組を幻を繰り返し視た...その旅の途上でウォルターは身を隠して「世界のかなたの森」に紛れ込む。そこは驕慢な女王(レイディ)が、醜い小人を使って侍女(メイド)を監視させる世界だった。美貌だが軽薄な「王の子(キングズ・サン)」が今女王の愛を得ているようだが、女王はウォルターも誘惑する。しかし、ウォルターは女王に虐げられた侍女と心を通わして...

と、ウォルターの世界からさらに「異世界」に投げ込まれることもあって、この「世界のかなたの森」のルールが、話が進行してもなかなか見えてこない。女王も侍女も、幻術や予見・治癒程度の軽い魔術は使うようだが、常識の範囲内ではある。それよりも背後の人間関係がウォルターにはなかなか分からないために、ややミステリ的な興味も出てくる。そして侍女とウォルターはこの女王の世界から脱出しさらに運命が変転していく。

絵画を見てるような、登場人物に感情移入を排するような淡々とした書きっぷりから、「枯れた」印象の小説。でも結構味わいはあるし、ちょっとした描写が記憶に残る。

何と、彼女がそう言うと、そのからだのまわりにしおれて垂れ下がっていた花々が、たちまち生命をとりもどし、生き生きと蘇った。うなじとすべすべした肩のあたりの忍冬は、溌溂とその蔓をのばし、編物のように、彼女のからだを包み、その芳しい香りが顔のあたりから薫り始めた。腰に帯のように巻きつけられた百合の花はすっきりと立ち、その黄金色の花芯の束は重たげに垂れていた。瑠璃はこべは鮮やかな青をとりもどし、彼女の衣服の白に映えた。

まさにこんな植物の描写が、モリスのデザインそのものなのである。

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