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ミステリの祭典

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マーチン・ヒューイット【完全版】
マーチン・ヒューイット

作家 アーサー・モリスン
出版日2021年06月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 弾十六
(2021/12/14 00:56登録)
平山先生の労作。シリーズ全25作品を収録。初出誌の挿絵が全165点!実に素晴らしい。単行本と初出誌の細かい異同も記されています。
短篇集4冊分を英国初版により翻訳。原文は全てGutenbergで確認出来ます。
① Martin Hewitt, Investigator (1894) 7作収録
② The Chronicles of Martin Hewitt (1895) 6作収録
③ The Adventures of Martin Hewitt (1896) 6作収録
④ The Red Triangle (1903) 6作収録
オマケとしてモリスン作「マーチン・ヒューイットの略歴」(Sleuths: Twenty-Three Great Detectives, ed. by Kenneth Macgowan, 1931から)。ごく短いものだがヒューイットの詳しい住所って作中に出ていたっけ?
さて、作品内容はさておいて、マーチン・ヒューイットで私が一番気になってるのがSammy Crockett問題。
平山先生ももちろん記してるのだが、ストランド誌初出時にはThe Loss of Sammy Crockett(1894年4月号)というタイトルだったのが、短篇集①英国版ではThrockettに変わっていて、米国版ではCrockettのまま、という、どーでも良いような謎(以前私は単行本では英米ともCrockettとしていた)。平山先生は「関係者に同じ名前の人物がいるなどの理由で、忖度したのか… (その割に米国版では変えてないけど)」と疑問を呈しておられる。
いろいろ調べて、これSamuel Rutherford Crockett (24 September 1859 – 16 April 1914, スコットランドの作家。S. R. Crockettの名で活躍)に配慮したのではないか、という説を思いつきました。この作家、1894年ごろから活躍しはじめていて、モリスン同様、超有名文藝代理人A. P. Watt(コナン・ドイルの代理人として有名ですよね)と契約している。本人だか代理人だかが気にして、Lossなんて気ィ悪いから名前変えてェな、せめて英国版は… みたいな感じではないか? 英Wikiの“S. R. Crockett”の項に代理人Wattの名前が特筆されていて、もしかしてモリスンのエージェントもWattか、と調べたらそうだった。ほかの根拠は全くないのですが…
(2021-12-15記載)
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(以下、2021-12-20追記)
だんだん読んでいくと、モリスンの確かな知識と細やかな表現に感心することが多く、どんどんヒューイットものの魅力に惹かれています。シャーロックの紛い物かと思ってたら、ライヘンバッハ以降のホームズを先取りしているような作品もありました。
モリスンは「金のため」と割り切って作品を書いたらしい、とDover社のベストものの序文に書いてあったのを読んで、じゃあストランド誌の連載の最初の二回分(レイトン農園とサミー・クロケット)に作者名を載せてなかったのは、不本意な作品群だったから、という理由なのかも、とも思いました。
作者自身にとって不本意な作品でも、ヒューイットものには、なんかほっこりするユーモア感が底流にあるような気がします。低めの評価点をちょっと上げることにしました。
(以下2021-12-21追記)
下でいろいろ翻訳についてイチャモンをつけていますが、平山先生の翻訳は九割は問題なしだと思います。強いて言えば、ちょっと荒っぽいところがあるかなあ。私は誤訳って1ページに一つ程度あっても普通だと思ってるけど、世間ではパーフェクトを求めてるみたいで、鬼の首を取ったような誤訳の取り上げ方には大反対です… 平山先生は、珍しい作品を取り上げていらっしゃっており、こういう翻訳は労多くして益少ないのの最たるものなので、今後も応援させていただきます。欲を言えば部数の限られた同人誌で出していただくより、kindleなら助かるのですが… (特に最近の『ベデカー・ロンドン案内1905年度版 : イントロダクション』は、ヴィクトリア朝の小説読者には必須のもの!(私は何とか手に入れられました。後日、このサイトに書評をあげる予定です)
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(1) The Lenton Croft Robberies (初出The Strand Magazine 1894-3 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator. The Lenton Croft Robberies”) 短篇集①「レントン農園盗難事件」評価6点
雑誌に作者名は記されていない。同じ号にアーサー・モリスン名義(イラストJ. A. Shepherd)でユーモラスな動物スケッチを連載中(94年3月号はZig-Zags at the Zoo, XXI. Zig-Zag Scansorialが掲載されている)。ここら辺のThe Strand誌は合冊版が無料公開されている。
証拠品からの推理の閃きが素晴らしい作品。ヒューイットをコイツ大丈夫か?と密かに思い始めたらしい依頼人の冷たい態度が可笑しい。
p8 十五年から二十年前♠️ヒューイットが独立した時期。
p8 私立探偵業(the private detective business)
p10 少年(lad)♠️流石に受付係は「青年」「若者」だろう。
p17 二百ギニー♠️追加の褒賞金。英国消費者物価指数基準1894/2021(136.51倍)で£1=21300円。200ギニー(=£210)は447万円。
p18 マッチを擦る音が聞こえたら(if you hear matches struck)
p20 誰も同時に二つの場所に存在することはできません。そういうのをアリバイと言うのではありませんか?(nobody can be in two places at once, else what would become of the alibi as an institution?)♠️「そうでなかったらアリバイなんて無意味ですよね?」同じ意味だが私は当時アリバイという言葉はまだあまり知られていなかったのかも?と誤解した。
p24 晩餐には7時まで待つ(There's no dinner till seven)
p25 ポリー(Polly)♠️辞書にも載ってるよ!
(2021-12-21記載)
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(2) The Loss of Sammy Throckett (初出The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator II. The Loss of Sammy Crockett”) 短篇集①「サミー・スロケットの失踪」評価6点
シャーロック聖典の運動選手失踪事件は1904年発表。こっちの話の方が奥行きのある筋立て、大事件に付随した事件を語る、という設定が良い。登場人物も全員リアルっぽい感じ。最後のパラグラフに記された距離数にも意味がありそう。(さんざんフカしてたのに結局そんだけか〜い… という受け止めで良い?)
p30「監督」(“gaffer”)◆もっとくだけた感じだと思う。「親方」くらいか。
p30 あいつは21ヤードも先行して(he's got twenty-one yards)◆創元「あいつは21ヤードのハンデがついているが」この競技(135ヤード・ハンディキャップ・レース)の仕組みと用語がよくわからないので、正しい解釈は不明。
p30 あいつだったら遠回りをさせたって勝てる(he could win runnin' back'ards)◆創元「あいつは予選の競走でだって勝てたんだ」親方の大袈裟なセリフ。いずれの訳者さんもbackyardsと思った?ここはbackwards(後ろ向きに)でしょうね。
p31 三ヤード離される(taking three)◆「18ヤードの(at 18 yards)」有望選手との差。もしかして、賭け率の計算根拠がyardで示されるのか?だから21-18で3ヤード差なんだろうか?とすると、このヤード数はやっぱり賭け率のハンデで、A選手(21yards)がB選手(18yards)に3yard差で負ければ1:1の賭け率で、逆に10yards差をつけて勝ったら倍率アップで大儲け、という仕組みなのかも。(あんま根拠なし。結局、英国Bookmakerの仕組みを良く調べないと理解できないネタだと思う…) (追記2021-12-23: いろいろ探してたらThe Guardian2011-12-22付記事 Harry Pearson “Days of bookies, fast bucks and foot soldiers at the Powderhall Sprint”にこんな一節を見つけた。In professional sprint racing the handicap is measured in distance rather than in weight or shots. For example, the fastest runners will start a 120-yard sprint at the 120‑yard line, slower runners at 110 yards, 100 yards and so on. As in horse racing the handicap is based on previous races and times. (エジンバラ1949年の話) やっぱりyardsは創元訳のとおりハンデのようだ。ここら辺のヤード絡みの話は、だいたい以下の感じか。スロケットは21ヤードのハンデが付いてるが、もっと早いんだ。月曜日の予選で楽に勝っちゃって2ヤード減らされちまったが… 他にハンデ18ヤードのいい選手がいるが、そいつの3ヤード分遅いどころか10ヤード分早いんだぜ)
p34「わかった!約束だぞ」(Done! It's a deal)◆すぐ前でヒューイットが「やってみるけど、上手くいくかは約束(promise)出来ん」と言ってるのに、ここで「約束」という語を使っちゃ駄目じゃん。試訳:「わかった!取引成立だ」(創元「きまった!取引きに応じよう」)
p37 五十ポンド◆p17の換算で107万円。
p40 当時のビール酒場のウェイトレスのイラストあり。ああ、こんな感じか。
p40 これで行こう(Apply within)◆「詳しくは中でお尋ねください」という掲示に使われる決まり文句。(創元は訳し漏れ)
p41 冴えない郊外の新興住宅地◆ロンドンの人口は拡大していたが、こういう見込み外れの開発もたくさんあったのだろう。
p46 スリッパ(slippers)◆「室内靴」日本語のスリッパよりslipperは意味が広い。
p51 一ポンド金貨(quid)◆ここは金貨というより1ポンドの意味。
(2021-12-21記載; 追記2021-12-23, yardsについて)
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(3)The Case of Mr. Fogatt (初出The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「フォガット氏事件」評価6点
この号からアーサー・モリスン名義。Zig-Zags at the Zooは1894年8月号まで連載していたので、六か月に渡りストランド誌に同時に2シリーズを連載していたことになる。
事件の展開と結末に味がある事件。指紋(p60参照)にはちょっとビックリ。
p54 上の階に(At the top of the next flight)♣️「次の階段の一番上に」多分、上の階にいた家政婦(フォガットは最上階に住んでいる)は音にビックリして人を呼びに下に降りようとしていたのだろう。一階から三階は事務所、それより上は居住スペース、とあるので、ヒューイット事務所のすぐ上のブレットはおそらく四階に住んでいて、その踊り場から上を見上げたのだ。創元「下の階段の上に」(追記2021-12-20: 『レイトン農園』冒頭には「最初の階段を登ったところ」(拙訳)にヒューイットの事務所がある、と書かれているのでブレットは三階に住んでいるようだ)
p55 大型軍用拳銃(a large revolver, of the full-sized army pattern)♣️1887年以降の陸軍リボルバーはWebley.455口径。full-sized armyとわざわざ断っているのはWebley .450 Short Barreled Metropolitan Police Revolver(2・1/2インチバレル)が1883年から警察に採用されていたからか。陸軍用は4インチバレル。
p56 陪審員たちはXX氏は事故死したと結論づけた(The jury found that Mr. XX had died by accident)♣️インクエストではunlawfully killed(不法殺害)や自殺という評決は、十分合理的な根拠がなくては下してはならない、と言う暗黙の了解があるようだ。なので、ここは「偶発的な死(died by accident)」という評決が妥当。「事故死」と訳すと日本語の意味とズレが生じる気がする(創元でも「事故死」)。accidentは人間のコントロールを超える原因で、misadventureは合法な行為だったが死に至ってしまったもの(外科手術など)というニュアンス。インクエストで殺人と認定されようがされまいが、警察は独自に捜査するので、完全公開されるインクエストでは捜査の都合上「手の内を明かさない」こともある、とヒューイットも言っている。なお自殺とされてしまうと、教会墓地に埋葬されない、などの不都合が生じる。
p59 色黒でしなやかそうな、(みたところ)背が高い青年(a dark, lithe, and (as well as could be seen) tall young man)♣️浅黒警察の出番ですよ!ここは「黒髪の」だが、すぐ後で“with a dark, though very clear skin”とあるので「色黒」と訳したのか。私は最初のdarkは髪の色、次のdarkは肌の色だと思う。なお「みたところ」と訳している部分は、目に見える範囲では背が高そう(座高が高いだけかもしれないが)、という細やかな観察からか。
p60 ここら辺の人名はどうやら実在らしい。調べるのが面倒なので原綴だけ記しておく。Osmond, Furnivall, Cortis, Charley Liles (Mile championship, 1880), Hillier, Synyer, Noel Whiting, Taylerson, Appleyard
p60 1880年の1マイル選手権… コーティスはほかの三人は破ったんですが(Mile championship, 1880; Cortis won the other three)♣️「他の三つのレースは勝った」だろう。Webを調べるとN.C.U. 25 Championship 1880-7-1、N.C.U. 50 Championship 1880-7-8、Surrey Spring Meeting 10 1880-4-24、Surrey Autumn Meeting 10 1880-9-18などの勝者としてHerbert Liddell CORTISの名前があった。もしくは「他の年に3回勝っています」の意味か。よく調べていません… (創元訳も「ほかの三人」)
p60 [皮を剥かず]リンゴにそのままかぶりついた♣️少年や健康な運動選手の特権、と書いてある。当時も歯槽膿漏は多かったのだろう。こんな若者でも「皮が分厚い外国産は例外(except with thick-skinned foreign ones)」と言っている。
p64 サインや指紋のように明らかだ(as plain as his signature or his thumb impression)♣️指紋を捜査に使うため英国警察が収集を始めたのは1900年からだが、アルゼンチン、ブエノスアイレスで指紋で犯人が判明した世界初の出来事(1892 Francisca Rojas事件 血まみれのthumbprintだったという)に刺激され、英国ではCharles Edward Troup(1857-1941)の委員会が1893年から犯罪捜査で指紋を活用する計画を検討し始めた。そういう知識がモリスンにはあったのだろう。初読時にはスルーしていたが、ミステリ界で指紋に言及している非常に早い例だと思う。(創元「署名あるいは拇印のようにはっきりしたもの」) ところでふと思ったのだが、日本の血判状って誓約の他にアイデンティティの表明は意図していなかったのか?(他ならぬ私が押したのです!)
p68 五百ポンド◆p17の換算で1065万円。
p71 最終パラグラフは本書の翻訳と比べると創元が格段にわかりやすい。
(2021-12-19記載)
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(4)The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「ディクソン魚雷事件」評価6点
初読時には気づかなかったが、話のマクラが非常に良い。警察から作者が実際に仕入れたネタかも。どう考えても犯人は二人に絞られるのだが、被害者がつゆほどにも疑っていない、と言明するところに人情を感じる。話の意外な展開と愉快な結末が良い。
魚雷は当時英国の独壇場だった。英Wiki “Whitehead torpedo”参照。シャーロック聖典のほうは潜水艦(1908)、こちらは魚雷がなければ只のおもちゃだ。
p72 ルーブル紙幣偽造犯(ruble note-forger)♠️関係トリビアは『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』参照。
p78 色黒で、髭だらけの男(dark, bushy-bearded man) ♠️「黒髪で」平山先生は浅黒派のようだ。なおp83に原文で同じ表現があるが、翻訳は「顎髭がもじゃもじゃ」になっている。挿絵では口髭も頬髭も顎髭もあって「髭もじゃ」という感じ。創元「もじゃもじゃの頰ひげ」bearded manはWebで画像を見ると口髭も頬髭も顎髭もそろって生えてる男のイメージのようだ。
p83 オルガンのストップレバーのよう(like organ-stops)♠️アパートの表玄関に各戸の呼び出しベルが並んでる様子。この表現、どこか別のところで出てきたと思って探すとフリーマン「モアブ語の暗号」(1908)だった。なお当時のオルガン・ストップはノブを引っ張る形なので「レバー」は誤解を招きやすいかも。音楽知識があれば「ストップ」で十分普通に伝わるが、Webで探すとヤマハでも「ストップレバー」を使っていた。
p88 取っ手に彼のイニシャルが(with his initial on the handle)♠️ああ、アレはアレの変わりになるから同時には使わん、という理屈なのね。
p90 でまかせの自白(a lying confession)♠️創元「嘘の自白」文章の流れからニュアンスとしては「取り繕った自白」のような感じか。
p91 この最終パラグラフは平山先生の翻訳が、創元文庫のより圧倒的にわかりやすい。
(2021-12-25記載)
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(5)The Quinnton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「クイントン宝石事件」評価5点
アイルランド訛りと隠語が活躍する話。こう言うのの翻訳は難しい。創元文庫ではインチキ訛りを作ってるが成功してるとは言いがたい。話としては割と単純。
p92 二万ポンド◆英国消費者物価指数基準1894/2021(138.49倍)で£1=21192円。
p93 僕の方から進んで事件を調べる(I may take the case up as a speculation)◆創元「投機のつもりでこの事件に手を出す」
p94 ここら辺、原文はずっとアイルランド訛り。
p96 一等車◆勝手に乗って怒られているが、そのあと車掌が切符を確認に来ている。
p97 馬車代に半クラウン(half-a-crown for the cab)◆2.5シリング=2649円。
p98 五ポンド(five quid)◆afinnipとも。聞いたままの綴りで書いているのだろう。フィニップ(a finnip)が正しい。
p99 パイプの火をこっちに回してくれ(Can ye rache me a poipe-loight?)◆普通の英語でCan you reach me a pipe-light?か。挿絵を見ると部屋のガス灯に手を伸ばしてる。ガス灯で自分のタバコに火をつけてから相手に火を移すのか。
p102 もう推理にかまけている場合ではない(It is no longer a speculation)◆p93に対応してる。創元「もういちかばちかの投機なんてものじゃない」
p104 面(マグ)◆ここら辺の隠語の処理は、初出誌でも初版でも、原文では欄外注として処理されている。
p105 ソヴリン金貨◆当時のソヴリンはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、8g、直径22mm。
p112 報告(report)◆ここは「(当局からの)公表」がふさわしい。創元「届け」
p113 締めの文は創元文庫の方がマシだが、「すっかり慣れて、もううさん臭い話にはのらない」という感じだろう。
(2021-12-28記載)
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(6)The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「スタンウェイ・カメオの謎」評価6点
これ、相手が納得したのかなあ。そこが一番難しいところだと思うが、軽い記述で終わっている。警察の能力もちょっと低い感じ(ヒューイットも警部が理解してないのは体調が悪いのだろう、と言っているくらいだ)。コレクター心理は作者も日本美術の熱狂的蒐集家だっただけにリアリティがある。
p114 ゴンザロ・カメオ(Gonzaga Cameo)♣️「ゴンザーガ・カメオ」実在の見事な美術品。画像や詳細は英Wikiで。
p114 アセニオン(Athenion)♣️Gem-engraver who probably worked at the court of Eumenes II. (197-159)との記述をWebで見つけた。出典は“Biographical dictionary of medallists” compiled by L. Forrer (London 1904)らしい。となると紀元前2世紀の人か。
p116 賞金五百ポンド
p119『老いぼれ』はがっくりしている(cut up 'crusty')♣️創元「『へそ曲がり』のばちが当たった」cut up nasty(不機嫌になる)の類語? crusyは「(年寄りが)イラついてる感じ」のようだ。
(2021-12-29記載)
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(7)The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「亀の事件」評価5点
まあ現代では人種偏見で問題になりそうな作品。当時の英国なら普通の感覚だったのだろう。ミステリとしては面白い話だが…
なおgutenbergの原文は平山先生の異同の記述から判断するとどうやら雑誌版のようだ。(第二話もSammy Crockettとなっている)。米国初版本は雑誌を元に出版されたのかも。
p134 私[ブレット]が彼と知り合いになる前に起きたもので----それは1879年のこと(occurred some time before my own acquaintance with him began—in 1878)♠️1879は誤植だろう。
p135 肉屋の小僧(butcher-boys)♠️butcher boy victorianで当時の姿が見られる。肉は重いし、冷蔵庫の無い時代では、その日の必要分を小僧が運搬するのが普通だったのだろうか。
p135 一シリング銀貨(a shilling)♠️当時のものはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、Silver, 5.65g, 直径23mm。英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。1シリングは989円。
p135 ガジョンが出ていく(Goujon as he was going away)♠️go awayは「(遠くに)行く」というニュアンス。私は最初「(部屋から)出ていく」と読んでしまった。創元「出て行くグジョン」試訳: グジョンが出立する
p136 面倒事(トラカツシ)♠️tracasserトラカセ(フランス語)
p136 ネッティングス警部補(Inspector Nettings)♠️パジェットの挿絵では制服を着ている。
p140 エレベーター(a lift)… 石炭や重たい荷物専用(Only for coals and heavy parcels)
p141 香りつきの紫色のインク(ink… scented and violet)♠️金持ちの黒人らしい趣味、と評されている。violet-scented blue ink (for personal letters)という記述をヴィクトリア朝に関するblogで見つけた。色は青に近いのかも。
p143 サー・スペンサー・セント・ジョン(Sir Spencer St. John)♠️Sir Spenser Buckingham St. John(1825-1910) ここで言及されているのは1884年の著作だろう。
(2022-1-8記載)
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(8) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「蔦荘の謎」評価6点
ストランド誌1894年12月からドイルが勇将ジェラールもので復活(これは単発でシリーズ連載は1895年8月号から)。それでヒューイットはお払い箱になったのだろう。ウインザー誌はこの1895年1月号が創刊号。巻頭話はGuy Boothby作のDr. Nikolaの長篇分載だが、ヒューイットものは実績ある探偵シリーズとして好意的な依頼があったのだろうと思う。
家政婦のクレイトン夫人は(3)に続いての登場。ビル全体の雑務を取り仕切ってるのかな?
話はブレット君の探偵修行の話。展開が良くてなんだか好きな話です。
p156 インクエストの様子が詳しく書かれている。
(2022-1-10記載)
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(9) The Nicobar Bullion Case (初出The Windsor Magazine 1895-2 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ニコバー号の金塊事件」評価6点
イラストが非常に良い。ヒューイットの事件への関わり方はプロっぽい。愉快な冒険が見もの。心配性の航海士が可笑しい。手がかりは後出しなので読者は推理出来ません。
p177 「裏金」(cumshaw)♠️ここは原語を生かして欲しいところ(創元「カムショー」)
p177 日本(japanese)♠️日本美術通のモリスンらしい
p179 チャブ錠(Chubb's lock)
p180 ビルマ製(Burman)♠️煙草
p188 彼(ノートン)は...♠️原文でもhe(Norton)となっていた
p191 飲み薬(lotion)♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「ローション」)
p199 『しゃれた』もの('swell' ones)♠️(創元「高級船」)
p199 『田舎パン』('cottage')♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「コテージ」)
p203 ペニー銅貨
(2024-1-29記載)
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(10)The Holford Will Case (初出The Windsor Magazine 1895-3 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ホルフォード遺言状事件」評価7点
再読してかなり楽しめた。話の進め方が上手で、展開の妙がある。
p206 バートレー対バートレー以外(Bartley v. Bartley and others)♣️翻訳ではなんか抜けてます… (創元「バートレー対バートレーその他一同」)
p208 晩餐に出る気力(make up my mind to go to dinner)♣️ここのdinnerはほかの家にお呼ばれする食事のことだろう。 (創元「夕食に出かけようと肚をきめる」)
p210 チャブ式の特許錠(Chubb's patent)
p219 『勝ち気』な女性(a 'strong-minded' woman)♣️齋藤英和では「男まさり」 と表現されている。(創元「いわゆる芯の強い女性」)
p223 スライド錠と… 旧式の錠と、かんぬき(bolts... old-fashioned lock, and a bar)
p225 とんがり帽子(a peaked cap)♣️メッセンジャーボーイの庇付き帽子。当時の写真で見るとちょいと傾けるのがファッションらしい。 (創元「つばのついた帽子」)
p228 痩せていて色黒の(thin, dark)♣️「黒髪の」
p230 悪戯(practical joke)♣️最後の語が決まってる。ぜひ原文(と辞書)を確かめていただきたい。
(2024-1-29記載)
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(11)The Case of the Missingp Hand (初出The Windsor Magazine 1895-4 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「失われた手の事件」評価6点
これは結構意外な展開だが、いつものように推理味は薄い。翻訳はニュアンスずれなどが目につく。平山先生には時々あるんだよね… 編集者は翻訳文の意味が通りにくいところがあれば、遠慮なく指摘して欲しいなあ。
p232 スズメ撃ちの散弾を浴びせて(peppering …. with sparrow-shot)◆流石に散弾銃じゃあ相手が大変なことになっちゃう。用例は見当たらなかったので直感だが、sparrow-shotは多分sling shot(パチンコ)の意味じゃないかなあ。
p234 屋敷の外にはほとんど情報は漏れなかったが(Little was allowed to be known outside the house)◆すぐ後で「広く噂されていた」とあり、翻訳文が矛盾している。試訳: 屋敷の外に知られないように努めていたのだが
p235 あいつは貧乏人向けの銀行などを営んでいたが、卑劣な悪党であることは間違いない(He's certainly been an unholy scoundrel over those poor people's banks)◆[経営していた]貧しい人たちの銀行を滅茶苦茶にしたインチキ野郎だ、というような意味だろう。なけなしの庶民の貯蓄を台無しにしておいて、逮捕もされなかったのだから。 poor people’s bankは、少し前に出てくる「小規模な貯蓄銀行(penny banks)」のこと。
p236 大佐はヒューイットの方を向いた。「ハードウィックさん、ご紹介しよう… こちらは君の専門分野の仕事を、民間人の立場で行なっている…」(The Colonel turned to Martin Hewitt. "Mr. Hardwick, you must know," he said, "is by way of being an amateur in your particular line)◆これは訳者の勘違い。ヒューイットに向かって「ハードウィック氏は、アマチュアながらも、こんな風にあんたの専門仕事をやってのけるんだ…」という場面。ハードウィック氏(大佐の同僚)は治安判事なのだが、探偵っぽい推理も見事にやっちゃうんだよ、と大佐がちょっと自慢げにその道のプロであるヒューイットに伝えている。
p240 完璧でご立派な推理は横におくとして(And even putting aside all these considerations, each a complete case in itself)◆ ここは相手に皮肉を言っているのではない。「これまで自分で説明してきた仮説を全部無しにしても」という感じ。試訳: これらの説明--どれも事実に合致していると思いますが--を全て脇に置いたとしても
p242 さあ、ブレット君、徒歩での冒険だぞ(Come, Brett, we've an adventure on foot)◆on foot=afoot。シャーロック“Come, Watson, come! The game is afoot”(アベ農園1904)より発表は前だが、精神は同じ。
p250 『インゴルズビーの伝説』(Ingoldsby Legends)◆Richard Harris Barham(1788-1845)作, 1837年出版。セイヤーズやJDCも大好きな伝説集(創作も含む)。もしかして『死者のノック』(dead man's knock)もこれ由来?なお、本作でフィーチャーされてる伝説はヨーロッパで古い歴史があるようだ。the dried and pickled …. of a hanged man, often specified as being the left(ネタバレ防止のため一部省略)で英Wikiを検索すると出てくると思う。
(2021-12-15記載; 追記2021-12-16)
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(13)The Case of the Lost Foreigner (初出The Windsor Magazine 1895-6 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「記憶喪失の外国人事件」評価4点
かなり強引なヒューイットの推理。ポオ「モルグ街」の連想ゲームが元ネタ(作品中で明言している)。
p291 反転式(reversible)♠️少し後にも出てくるがそこの原語は”reversing”。調べつかず。
p298 等身大のスコットランド高地人の木像♠️画像を探すとそれっぽいのが見つかる。タバコ屋の看板としてハイランダーが定番として使われたのは1845年ごろからだという。作品当時はもう珍しくなっていたのか。
(2021-12-14記載)
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(14)The Case of Mr. Gerdard’s Elopement (初出The Windsor Magazine 1896-1 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ゲルダード氏の駆け落ち事件」評価5点
愉快な依頼人と意外な結末。だがヒントが少ないので一般読者に推理は出来ないだろう。実際、こんなような事件が当時あったのかも。ならば時事ネタで読者にもピンときやすいか。
物語の冒頭でヒューイットがブレまくっているように受け取れるが、ここは訳者が勘違いしているだけ。読めば変だとわかりますよね、編集者さん… (以下p306-307で、しつこく言及しました)
p306 離婚だと脅しを(threatened divorce)◆当時、英国での離婚は非常に難しかったが、まあお金持ちらしいからねえ。口喧嘩だから真面目に取る必要はないか。なお1896年の英国離婚件数459件/結婚件数242,764件で離婚率0.19%(1930年には離婚3,563件/結婚315,109件で離婚率1.13%、1945年には離婚15,634件/結婚397,626件で離婚率3.93%となっている)
p306 結局、僕は約束をしたよ---彼女を追い返すために、ほかに方法がなかったんだ---本当に解決すべき謎があるというならという条件付きで、この案件を引き受けることになった(In the end I promised—more to get rid of her than anything else—to take the case in hand if ever there were anything really tangible)◆いやいや、そうではなくて「もし実際に根拠があるなら、この案件をすぐに引き受けますよ、と約束した」だけで、結局、女を追い返している。
p307 それが浮気の決定的な裏付けと見なした----僕もその場で、依頼を引き受けると言わざるを得なくなってしまった(which she seemed to regard as final and conclusive confirmation of all her jealousies—I should take the case in hand at once)◆いやいや、そうではなくて、何か根拠がある事件じゃないと依頼を受けません、と前日ヒューイットが言ったから、女が「今日は確実な証拠を捉えました、さあ引き受けてくださいな」と言いつのっているだけ。ヒューイットはまだ依頼を受けてはいない。試訳: それが焼き餅に関しての最終的かつ決定的な裏付けだと彼女は見た----だから僕にすぐ依頼を受けるべきだ、と言うのだ。
p307 相談料についてはどちらからも一言も言及されなかった(without the least reference to a consultation fee one way or another)◆「いずれにせよ」とか「結局」とか言うニュアンスで「どちらからも」では無い。ここは「結局のところ、依頼は引き受けなかった」と言う趣旨。
p309 ロンドン・アマルガメイテッド(London Amalgamated)◆いろいろ合併して1891年に成立したLondon City and Midland Bankのことか。
p310 ソヴリン金貨入れ(A sovereign purse)◆ちょうど貨幣がピッタリ嵌るような仕組みのやつがあるんですね… 複数サイズ対応のもある。画像はsovereign purse victorianで検索。
p310 ポケットナイフ… 五ポンド出しても作れない◆ 十徳ナイフ、スイス・アーミー・ナイフのたぐい。ヒューイットも持っている。Victorinoxのマルチツールの特許は1897年だから、こう言うのの流行り始めだったのだろう。英国物価指数基準1896/2021(139.72倍)で£1=21800円。
p312 ここの事務所のもので… ほとんど目につかない場所にしまい込まれていた(Those for the office, … were put back in their place with scarcely a glance)◆文章が変だな、と思ったら「(どうでも良い内容だったので)チラリと見ただけですぐに戻した」という事。全部取り上げていたらキリがないのでそろそろ止めておきます。平山先生は正直で変なところは変なまま残してくれるから、わかりやすいと言えるでしょう(タチが悪い人は無理やり通じる日本語にしちゃうからね)。
p312 十五シリング… 馬小屋の一か月の賃料(15s., one month’s rent of stable)◆16350円。
p312 馬小屋での馬の貸代、餌、世話の料金… 2ポンド(Also rent, feed and care of horse in own stable as agreed, £2)
p316 ロンドンの路上で(in London streets)◆シャーロックの有名ネタ(1891)と、サッカレーのネタ(1838 英Wiki“Crossing sweeper”参照。なおサッカレーの念頭にあったのはCharles McGhee(1744ジャマイカ生まれ)だろうか。1824年ごろの肖像画あり。死んだ時に800ポンドを貯め込んでいたという)
p316 「記憶喪失の外国人事件」への言及あり。
p316 バンクで乗り合い馬車… 屋根の上に席を占めた(an omnibus at the Bank… on the roof of which I myself secured a seat)◆このthe Bankはイングランド銀行のこと。英国最初の乗合馬車は1829年George Shillibeer(1797-1866)がロンドンのPaddington〜Bank間に導入、当初1シリング、定員22名、イラストを見ると馬三頭引き(世界初のパリ1828、Stanislas Baudry(1777-1830)を参考にしたようだ)。最初から屋根席があったのかどうかは不明(英Wikiには定員16-18 “all inside“という記述があった)。
(2021-12-16記載)
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(15)The Case of the Late Mr. Rewse (初出The Windsor Magazine 1896-2 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「故リューズ氏事件」評価6点
なかなか鮮やかで良い話になっている。肝心なところ(p342)で翻訳の誤りあり。何度も言うが読めばすぐ変だと分かるのだから編集者の責任だろう。
p330 それはわからない… おそらく謎が解けない主たる理由は、殺人犯が慌てて姿を消したからだろう(That I cannot say… chiefly, perhaps, the murderer himself, who has made off)♣️ヒューイット「どうして殺人だと思うのです?」に対する依頼人の答え。試訳: 断言は出来ないのだが… 殺人犯自身が慌てて姿をくらました、ということが大きいだろう
p337 大型のリボルヴァーだと思います。おそらく、軍用の大きさではないでしょうか。このサイズの円錐形銃弾は、そうした銃に合うのです---ライフルより小さいですから(A large revolver, I should think; perhaps of the regulation size; that is, I should judge the bullet to have been a conical one of about the size fitted to such a weapon—smaller than that from a rifle)♣️銃のネタが出て来ると嬉しいですね。場面は死体を鑑定した医師のセリフ。この医師は戦争で銃槍を沢山見てきた経験あり。“of the regulation size”は流れから考えて銃の口径のこと。翻訳の通り「軍の規定の」という意味だろう。ここでは弾丸(bullet)は死体から抜けているので医師は傷しか見ていない。なので後段は「ライフルなら(エネルギーが大きいので)もっと大きな傷になるが、(弾丸が綺麗に抜けてるのを考えると)円錐形(フルメタルジャケット=軍用)の軍用拳銃のタマとすると(傷の感じの)大きさとピッタリあう」という趣旨。なお当時の英国軍用大型拳銃はWebley.455口径一択。民間用なら米国製拳銃(コルトやS&W)の.45口径及び.44口径、中型サイズなら.38口径、小型は.32口径があり、まだ自動拳銃は登場していない時代。当時の英国軍用ライフルの銃弾の主流は.577/450Martini-Henry弾(1871以降)で弾頭の口径(.450)は拳銃用より若干小さい(.577はカートリッジの最大径)。新式のリー・メトフォード・ライフル(1888以降)なら.303British弾なので、さらに口径は小さい。(2021-12-18追記: 医者が口径をregulation sizeと表現したのは、つい最近まで英国陸軍制式拳銃の口径がいろいろ変わったからだろうか。Beaumont-Adams(1865以降)は.442口径、Enfield Mk I(1880以降)は.422口径、Enfield Mk II(1882以降)は.476口径、Webley(1889以降)は.455口径という具合だったので、正確な口径なんて覚えてないよ!ということか。本作に登場するのは以上に記したどのタイプであっても不思議は無い。まあ若者なので最新式のWebleyだろうと思うが…)
p338 ここはロンドン時間よりも30分以上早い(This is more than half an hour before London time)♣️アイルランドの西端(Mayo)なので当時は時差があった? 今はグリニッジ標準時を採用しているようなのだが… なお現場近くのCullaninという町は架空地名のようだ。
p338 全員に半ソブリンの礼金(half a sovereign apiece)♣️証言に対する謝礼。p310の換算で10900円。
p342 差し込み錠はきかなかった(the catch was not fastened)♣️ 意味が取りにくい翻訳文になっている。ここは素直に「catchは閉まっていなかった」ということ。すぐ後ろは「catchをナイフで無理に開けた(forcing the catch with a knife)」が正解だろう。このcatchは窓の「留め金」が相応しいかな? 画像は“victorian sash window catch”でどうぞ。(多分、平山先生は、ナイフでこじ開けたので錠が壊れた、と想定したのだろう。catchのような構造ならナイフをスライドさせれば破壊せずに開けられると思う。ボルト系の錠なら破壊が必要かも)
p343 バリシールの祭り(Ballyshiel fair)♣️架空地名のようだ。
p345 それぞれ10シリング(it’s ten shillings each)♣️p310と同様。多分、半ソブリン金貨を渡している。当時のHalf-Sovereign金貨はヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、4g、直径19mm。
p349 XX氏にはひどいことをしてしまい、申し訳ないです(we have done Mr. XX a sad injustice)
(2021-12-17記載; 一部追記2021-12-18)
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(16)The Affair of Mrs. Seton’s Child (初出The Windsor Magazine 1896-3 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「セットン夫人の子どもの事件」評価6点
Setonはシートンが普通じゃないかな。動物記の人もSetonだ。冒頭がシャーロック『黄色い顔』(1893)を思わせる。事件(case)より軽めなのがaffairのニュアンスなのか(「一件」と訳したい)。事件本篇はちょっと変調子があり楽しめたが、それよりもブッチャー夫人の件(p367)が気になるなあ。
p353 せっかくヒューイットの仕事ぶりについて読んでもらっても、楽しんでいただけるとは限らないのだ。不可能なものは不可能なのだ(That such results attended Hewitt’s efforts in an extraordinary degree those who have followed my narratives so far will need no assurance; but withal impossibilities still remain impossibilities, for Hewitt as for the dullest creature alive)♠️冒頭から何か変テコ。試訳: そのような結果が、ヒューイットの尋常ならざる努力を尽くしたうえでのものであることは、これまで私の話を読んでいる皆さまには言わずもがなだろう。しかしそれでも、不可解事件が不可解事件のまま終われば、ヒューイットが間抜け極まりない奴に見えてしまう。
p353 古めかしい家族経営の弁護士事務所(an old-fashioned firm of family solicitors)♠️昔ながらの家事事件専門の事務弁護士。
p354 気つけ塩の瓶(a bottle of salts)♠️これはさりげない平山先生のアシスト。Smelling Saltsのことでしょうね。
p355 ちいさな朝の間(the small morning-room)♠️「午前中に日当たりの良い部屋」のこと。この屋敷にはthe large morning-roomもある。部屋が豊富な資産家の家なんだね。
p355 内側からスライド錠がかかっていた(bolted on the inside)
p357 フランス窓は、よくあるように二つの開き窓が中央にある蝶番でつながっていて、上下にかんぬきがかかっていた(The French window was, as is usual, one of two casements joining in the centre and fastened by bolts top and bottom)♠️普通のフランス窓、とあるので中央開きでボルト式のかんぬき(p355も「かんぬき」で良いよね)が各扉の上下二か所にあるタイプ(surface boltというらしい)。後段でこのボルトの動きは上下式だと書かれている。翻訳はjointing in the centre(中央で合わさる)を誤解。
p362 誘拐(stolen)…. 100ポンドを支払う用意があるか(Are you prepared to pay me one hundred pounds)…. 賞金20ポンド(reward, £20)♠️史上初の有名な身代金目当ての誘拐事件は1874-7-1発生のCharley Ross(当時4歳)事件、身代金2万ドル(=6336万円)。100ポンドは218万円。なおkidnapやransomという語は本話では使われていない。
p364 タータ(Ta-ta)♠️「バイバイ」の幼児語。
p368 紙幣で支払った?(pay with a banknote)… いえ、硬貨で(No; in cash)♠️このころの紙幣(イングランド銀行のWhite-note、最低額面£5)なら、銀行で番号を控えて出納記録が残っているから、こう尋ねたのだろう。当時は日常生活で硬貨しか使っていない時代だから、cashといえば硬貨のことだったのだ。
(2021-12-18記載)
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(17)The Case of the “Flitterbat Lancers” (初出The Windsor Magazine 1896-4 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「コウモリ槍騎兵隊」事件 評価6点
愉快な事件だが(私は箒のシーンが好き)、シャーロックのアレをすぐ思い出しちゃうよねえ… と思ったらあっちは1903年!じゃあヒューイットはポオのを参考にしたのでしょう。シャーロッキアンたる平山先生にはこのことに言及して欲しかったなあ。
なお舞踊曲lancersは英Wiki “Les Lanciers”で項目あり。1860年に英国上陸して20世紀初頭には廃れたスクエアダンス、 というから、ここはこのダンス音楽のことだろう。このダンスの語の由来は槍騎兵からと思われるので「ひらひらコウモリ槍騎兵舞踏曲」事件でどう?
p378 二、三年前の夏(on a summer evening, two or three years back)◆1893年としておこう。
p378 ビルは、誰でも近づくことができた---いやむしろ、誰でも見ることができたと言うほうがいいかもしれない---裏からならば(the building … was accessible—or rather visible, for there was no entrance—from the rear)◆普通、ビルって誰でも近づけますよね… 試訳: 裏へは誰でも侵入出来る---見ることが出来ると言うほうが良いか---入る玄関は無かったので。(趣旨は、裏が閉じた中庭で外部者が入れないビルもあるが、ここは通りから入れる道があり、でも裏にはビルへの入口が無いのでaccessibleというよりvisibleか、という事)
p380 小型のアップライト・ピアノ(my little pianette)◆おお、ブレット君、趣味人だねえ。しかも楽譜も読めるんだ… 当時ものの画像を探したが見つからなかった。
p382 ソブリン金貨◆1ポンド。窓ガラス代と迷惑料として。ガラス代は、せいぜい半クラウン(=2.5s.=£1/8)のようだ。
p383 事務所はすぐ下◆ブレットの部屋のすぐ下にヒューイットの事務所がある。既出の情報かもしれないけどメモしておこう。
p386 俺の二百五十ドル(My two hundred and fifty dollars)◆米国消費者物価指数基準1893/2021(30.88倍)で$1=3521円。250ドルは88万円。
p386 五十ポンド◆ 英国物価指数基準1893/2021(134.95倍)で£1=21056円。50ポンドは105万円。金基準(1893)だと£1=$4.82、ならば£50=$241で、大体合っている。
p388 自分の愚かさ◆非常によくある話だが、当時の米国人は英国でカモにされるのが多かったのかも。
p388 ハープを演奏し(played the harp)◆これはJews-harpか? それとも小型ハープかも。米国ブルース界でハモニカをハープということがあるが、これは少なくとも1920年代のクロマチック・ハモニカの開発以降だろう。
p391 カードの「パッシング」(a trick of “passing” cards)◆マジックで現在classic passと称されてる技法だろう。私の若い頃には本の図解入り解説しか無かったが、今は動画が簡単に見られる…
p400 半クラウン金貨を(with half a crown in his hand)◆原文には「金貨」に相当する語はない。当時のHalf Crownはヴィクトリア女王の肖像(1839-1901)、純銀、14.1g、直径32mm。
(2021-12-19記載)
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(18)The Case of the Dead Skipper (初出The Windsor Magazine 1896-5 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「死んだ船長の事件」 評価5点
上手な工夫はあるが捜査活動がいつものように地味な作品。鍵がいろいろ出てくるので、書き分けと説明が必要かも。
p401 優に数年は経過… 探偵としては駆け出しのころ♣️ブレットと知り合う前の事件。『亀』から考えて1878年ごろか。
p401 メイド姿の娘(a girl, having the appearance of a maid-of-all-work)♣️MAID OF ALL WORKというのはA domestic servant, who undertakes the whole duties of a household without assistanceで若い娘が多かったようだ。「家事全般のメイドと思われる娘」
p404 建物の中のほかの鍵が、この錠に合うのかも… こうした建物ではよくある(Perhaps… other keys on this landing fit the lock. It’s commonly the case in this sort of house)♣️おおらかな時代。
p404 イエール錠(Yale lock)♣️当時の新式の錠前。米国の発明だが英国ではH. & T. Vaughan社が1860年代くらいから製造販売していた。
p405 あの二人は、仲がいいとは言えないでしょうね(The two did not love one another, I believe)♣️おっさん二人の人間関係を聞かれた同じ宿に住む女性(キツめの女教師)のセリフ。ここに love が使われているのでちょっとビックリ。こういうところにモリスンの繊細な表現力を感じる。英語のニュアンスはよくわからないのだが。
p406 正面ドアにはしっかりスライド錠とかんぬきがかけられて(The front door was fully bolted and barred)♣️ボルトと横木で鍵がかかっていた、という感じ?
p412 半ソブリン借りる(to borrow half a sovereign)♣️英国消費者物価指数基準1878/2021(125.01倍)で£1=19505円。半ソブリンは9752円。
p422 警察官になりたまえ(You ought to be in the force)♣️「正式に警察隊に入るべきだよ」
p422 そんな朝早くに一等車の切符は珍しい(because first-class tickets were rare at that time in the morning)♣️朝6時のこと。たしかに金持ちが乗るのは稀だろう。
(2021-12-20記載)
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(19)The Case of the Ward Lane Tabernacle (初出The Windsor Magazine 1896-6 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ワード・レーンの礼拝堂事件」 評価5点
依頼人のキャラがとっても強烈で楽しい。解決はちょっと強引だが、滋味深い。宗教関係は我々にはかなり遠いネタなのでパス。調べるといろいろ興味深いのだろうけれど…
p426 まったく使いものにならなかった(quite useless)♠️ここは「すっかり身体の具合が悪くなったので(新しい家政婦に変わった)」という意味かなあ。後ろの方を読むと以前から家政婦としての役割は果たしていなかったはずだから。
p426 手ひどい攻撃(be bodily assaulted)♠️「肉体的に酷い目に」
p427 今から十年から十二年ほど前の出来事♠️とすると1884年ごろか。
p429 原文では、この手紙、簡単な綴り間違いが多い。こういうのの翻訳は始末に困る。
Thou of no faith put the bond of the woman clothed with the sun on the stoan sete in thy back garden this night or thy blood beest on your own hed. Give it back to us the five righteous only in this citty, give us that what saves the faithful when the erth is swalloed up
p429 狂信的なクエーカー教徒(certainly corresponded with mad Quakers)♠️翻訳では断言しているが、原文では「のような感じ」くらいだろうか。手紙の用語から、当時の英国人もそう受け取るのだろうか。調べてません…
p437 耳の遠い老家政婦は… 「誰もいないよりたちが悪い」とささやかれていた(the deaf old house-keeper …. being, as she said, “worse than nobody.”)♠️誰がささやくの? 娘は耳の聞こえない老女と取り残されて心細かった、ということ。試訳: 耳の悪い老家政婦はいたが…. 娘の言葉では「誰もいないより酷い状態」だったからだ。
p438 一軒のパブを見つけた。この手の店には郵便住所録がある(a public-house where a post-office directory was kept)♠️ああそういう情報はパブで仕入れられるんだ。別の事件では、ヒューイットは近所の知り合いから住所録を借りている。
p439 秋の家賃(next week’s rent)♠️私はGutenbergの原文(英国版)を参照しているが、平山先生は初出から翻訳しているのかも(異同の書き漏れ?)。ここの家賃は四半期払いではなく週払いのようだ。
p440 五ポンドあげる。事務所はストランドのポーツマス街25番地(give you five pounds … His office is 25, Portsmouth Street, Strand)♠️住所がSleuths(1931) ed. by Kenneth Macgowanのと違う。そっちは「ストランド、ビューフォート・ビルディング298」ストランドは通りの名前なので、上述の住所の言い方はちょっと変か。ストランド近くのポーツマス街、という意味なのか?確かに歩いて七分くらいの距離だが…
(2021-12-21記載)
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ほかの作品も徐々に追記してゆきます。

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