海軍士官候補生 海の男 ホレイショ・ホーンブロワー |
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作家 | セシル・スコット・フォレスター |
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出版日 | 1973年02月 |
平均点 | 9.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 9点 | 人並由真 | |
(2021/10/15 15:28登録) (ネタバレなし) 1794年。フランス革命の勃発を経て、欧州には戦乱の渦が広がりつつあった時代。17歳の士官候補生として英国海軍に入ったホレイショ・ホーンブロワーは、当初、旧型艦「ジャスティニアン号」に配属されるが、そこで同船の古参水兵と悶着を起こした。だがその事件を機に彼は、かねてより乗船を渇望していたフリゲート艦「インデファティガブル号」に転属する。同じ船に配属された3人の年齢もバラバラな同格の士官候補生とともに、あまたの任務や予想外の窮地を潜り抜けるホーンブロワーの新たな海軍生活が開始された。 1950年の英国作品。 日本にも多くのファンがいる「海の男」ホレイショ・ホーンブロワーの一代記を語る連作の、作中の時系列ではもっとも初期にあたる青春譚。ただし執筆そのものはシリーズが1938年から開始されているので、過去編として書かれたいわゆる「イヤー・ワンもの」である。平井和正の『若き狼の肖像』や笠井潔の『熾天使の夏』みたいなものだ。 このシリーズの定本となっている早川NV文庫版では、読者の目線を考えて、その作中の時系列順に本シリーズの各作品を刊行するという配慮をしている。従って当然、これが第一巻ということになる。 少年時代に購入しながらなんとなく敷居が高いと思って(というのも、当時の海軍や航海技術の専門用語が煩雑ではと恐れたためだが)何十年も放っておいた一冊だが、いざ読みだしてみるとあまりの面白さに一晩で一気読みであった(笑)。海軍、航海用語はそれなりに頻繁だが、ストーリーと小説的な興趣を味わう上で、ほとんど気にならない。 驚いたのは、本書が長編ストーリーかとなんとなく予期していたが、実際には全10編の戦記やホーンブロワーの周辺のエピソード、種々の事件などをまとめた連作短編集だったこと。しかもその内容のバラエティの豊かさに、いい意味で愕然とした。 物語は17歳で最初の船ジャスティニアン号に乗船するところから始まるが、若年ながら階級は上位の軍人として古参の水兵との距離感を配慮するあたりとか、非常にわかりやすい。 そして以降のエピソードの内容は前述のとおり、大きな任務を任されての二転三転の苦労譚もあれば、奇襲作戦のなかでの非情な決断を強いられる戦局、亡命フランス貴族の反フランス革命派軍を支援して戦うもののギロチンの残酷さにげぇっとなる話、さらには少尉への昇級試験のなかでの事件など、本当に幅広い。 評者は本シリーズを初めて読んで単品としてそのストーリーテリングぶりに唸らされたが、リアルタイムで本書に接したファンからすれば、これは大変に幸福な一冊だったであろうことは想像に難くない。 特に最後の一編「公爵夫人と悪魔」は十分に一冊の長編になりそうな内容が凝縮された短めの中編で、その話の広がり具合、そしてホーンブロワーのあまりのカッコ良さにぶっとんだ。 まあ訳者の高橋泰邦も、本書はシリーズのなかでも出来がいい方という主旨のことを書いているので、実際にその通りなのであろう。 このシリーズ、もっと早く読めば良かったかな。いや、丸谷才一の言葉じゃないが、まだこれから未読の秀作・傑作との出会いが期待できる人生というのは、いつになってもいいものだから。 |