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ミステリの祭典

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盗まれた細菌/初めての飛行機

作家 ハーバート・ジョージ・ウェルズ
出版日2010年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2021/10/06 23:51登録)
“SFの父”と称される、今でも彼の生み出したアイデアが手を変え、品を変え、新たな物語を紡ぎだしているSFの巨匠H・G・ウェルズ。
しかし本書に収められた短編郡はそんなSFの巨匠といった堅苦しいイメージを払拭するようなユーモアに満ちた作品が多く収められている。
いや正確に云えばその味わいはユーモアよりもシュールである。

それは一種矛盾とも云えるものや我々の平和の裏側に潜む危機の存在、恩を容易に忘れる性格、狂言、虚言、自意識過剰、責任転嫁、自分本位。
そしてそれらはある意味戯画的でもある。映像にして映えるものが多いのに気付かされる。

「盗まれた細菌」の追いかけっこ、「奇妙な蘭の花が咲く」の不気味な蘭の造形、「ハリンゲイの誘惑」の物を云う絵画、「ハマーポンド邸の夜盗」の夜盗のダイヤモンド強奪作戦、「紫の茸」の一面に生えた色とりどりの茸の森とそれを食べた狂人の逆襲、「パイクラフトに関する真実」の宙に浮くデブ、「劇評家悲話」の大げさな振舞い、「林檎」の車中の2人の邂逅の一部始終、「初めての飛行機」の乱痴気処女飛行、「小さな母、メルダーベルクに登る」の最後の雪崩に乗って下山するシーン。
何ともスラップスティック漫画を彷彿とさせるではないか。

本書のベストを挙げるとすると「失われた遺産」になるか。
誰も相手にしてくれない伯父の相手を莫大な遺産を相続したいがために判りもしない話の聞き役になり、内容が頭に入ってこない難解な伯父の著作を読むように渡される。その長年の努力が実って遺産相続の目途が立つが、肝心の遺書が見つからず。なんとも意外なところに隠されていたことが遺産が散財された後に判明するのだ。
浮ついた気持ちでは得られるものも得られないという教訓である。

いやはや私にとってのウェルズの原書体験は子供の頃に世界名作文学集で読んだ『宇宙戦争』で、その内容は世界の破滅を描くディストピア小説でなんとも暗い雰囲気だっただけに、この意外な滑稽さには驚いた。
また物語として膨らむ要素のあるアイデアを20ページ前後の短編にまとめている―いや物語を片付けていると云った方が正確か―のは雑誌の連載でもしていて原稿を督促されたためだろうか。

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