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ミステリの祭典

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フランス式捜査法
サン・アントニオ警視

作家 サン・アントニオ
出版日1974年04月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2021/09/25 16:01登録)
(ネタバレなし)
 自分を「警察のスーパーマン」と「謙遜」する「私」ことサン・アントニオ警視は、友人で部下の「デブ」ことベリュリエ警部とともに、とある所轄の警察署に立ち寄った。そこには知己のサルモン警視がおり、若いオランダ人、ヴァン・クノッセンを取り調べていた。クノッセンの妻コルネリアはホテルで何か異物を口にしたまま昏睡状態にあり、事件性があるので事情を問われているようだ。そんな中、デブがクノッセンから煙草を分けてほしいと願うと、そのままクノッセンは隠していた小型拳銃で自殺した。クノッセンの紙巻き煙草の紙の裏側には何か怪しげな文言が書かれており、さらなる犯罪の匂いを感じたアントニオとデブは、クノッセン夫婦の故郷のオランダに向かうが。

 フランスの1959年作品。
 フレデリック・ダールが別名サン・アントニオ(EQと同様に作者と探偵が同名の趣向)で書いた、全部で184作あるらしいサン・アントニオ警視シリーズの一本。

 生前の小泉喜美子が本作をやたら推していたのは覚えているが、日本ではまるでウケず売れなかったそうで、そのことは小泉自身も慨嘆している。ちなみに本シリーズの邦訳も、この一冊だけだ。
 
 まあちょっと冒頭を齧るだけで、主人公としてか作者としてか判然としないサン・アントニオのものらしいマイペースなくっちゃべりが滔滔と始まり、しかもその笑いを取るネタがどうやらフランス文化の些末な歴史や風俗にちなむらしいものばっか。これはもう絶対に日本でウケるわけないね。
 
 さらに翻訳は「中村智生」という東大仏文科卒の仏文学者の人が担当しているが、聞きなれない名前なのでAmazonで検索すると、確認できたほかの訳書は、フランスホラーの『マドモアセルB』一冊のみ(この作品も、小泉は好きだったらしい)。
 いや、最後まで読むとそんなに日本語としてヒドくはないのだが、一方で固有名詞の表記はブレるし、前述の続発するフランスの文化ネタに注釈をつける気などもまるでないし、最初はかなり読みにくい訳文であった。特になんだろうなと思ったのが、警察の階級としては下位のはずのデブ(ベリュリエ)警部の方が、警視のアントニオとタメ口、いやところどころ警視よりエラそうな物言い。
 もしかしたら原作の文芸設定で何か、そういう翻訳にした方がいい理由があるのかもしれないが、特に訳者あとがきでもそれについてのイクスキューズはないし、この不自然さはダメだろ。
 早川の編集部は当時は長島良三がメインで、校閲(そんなものがあればだが)もかなり甘かったのでは? と思わせる。

 とはいえ舞台がオランダに移ってからは、独身らしいサン・アントニオと妙にいい仲になるゲストメインヒロイン・ヒルデガルデも登場。事件の内容も(中略)にからむ悪党たちの犯罪計画と判明して、まあまあ読めるようになる(その、汚い身なりで登場してくるがどこか品のあるヒルデガルデのキャラクターには、ちょっと萌える)。

 ただしリアリティとかアクチュアリティとかは不問にした方がいい世界観で、なんというか一番近いイメージでは、あれほど話が弾まない、ナンセンスにならないルーフォック・オルメスみたいな感じ。
 最終的にはまあまあ楽しめたけれど、21世紀のネットで感想を探してもレビューなどはほぼ皆無。ちょっとだけ、語られざるユーモアミステリの収穫みたいに言っている人もいるみたいだけど。
 まあみんな序盤だけ読んで逃げ出してるんじゃないかと。
 本サイトの中にも、本書を手に取るだけ取った方はいらっしゃいますか? 
 
 ツマンネー、ワケわからない、と最低の気分でページをめくっていた時は2点か3点つけてやろうかとも思ったが、最後まで読むとまあまあこの評点くらいはあげてもいいかな、というくらいの気分にはなる。
 ただしもし万が一、21世紀のこれからこのシリーズを発掘翻訳・再紹介したいというあまりにも奇特な出版社がいるとしたら(120%いないだろうが)、よほど腰を据えて翻訳と編集に気を使い、シリーズの中でも面白そうな、そして日本人にも通用しそうなものをしっかりセレクトしてくださいね、というところで。

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