トロピカル・ヒート 私立探偵フレッド・カーヴァー |
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作家 | ジョン・ラッツ |
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出版日 | 1989年10月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2021/09/24 04:42登録) (ネタバレなし) その年の6月のフロリダ。元警官で45歳の私立探偵フレッド・カーヴァーは、魅力的な女性エドウィナ・タルボットから仕事の依頼を受ける。エドウィナは不動産関係のOLだが、彼女の同業で別の会社に勤務する恋人ウィリス・デイヴィスが、一週間前に身投げ自殺を思わせる状況で姿を消していた。恋人がまだどこかに生きていると信じたいエドウィナはカーヴァーに、ウィリスの捜索を願う。だがカーヴァーが調査を進めると、ウィリスについて意外な事実が判明。やがて事件は予想もしない方向へと広がりを見せていく。 1986年のアメリカ作品。 作者ラッツの看板キャラ、アロイシアス・ナジャーと並ぶもう一人のレギュラーキャラの私立探偵ヒーローがこのカーヴァーだが、「臆病者」という属性を与えられたナジャーに対し、こちらのカーヴァーは性格的にはもう少しコワモテ。 (といいつつ、しばらく前に読んだナジャーものの長編『稲妻に乗れ』では、ナジャーがそんなに弱虫にも見えなかったりしたが)。 カーヴァーに与えられた個性というかキャラ付けは、半年前に押し込み強盗に左ひざを射抜かれ、左脚が半ば不自由になったこと。この重傷がもとで退職し、今は水泳などで全身を鍛えてはいるが、歩行の際に左脚を庇う杖は手放せない。 こんな設定に触れると、日本版「マンハント」に慣れ親しんだ自分などは、一昔前の、片足が義足の私立探偵マンヴィル・ムーン(リチャード・デミング)などを思い出す。ムーンはとうとう日本では、長編は一本も紹介されないままで終わった。 読み終えたあとに訳者あとがきに接すると、作者ラッツの「一度読み始めたら途中でやめられない作品を書く」という自負の言葉が紹介されている。 うん、確かにストーリーのテンポは良く、主人公カーヴァーを中心にした登場人物たちの配置も明確でいい。 小説の形態としてはカーヴァーを物語の軸とした三人称一視点のスタイルだが、途中で読者にカーヴァーの視界の外で危機が迫っている状況を伝える際には、あまり形式にこだわらず自由に視点も変える。そういう小技を本当に必要最低限やっているので、メリハリがつく感じで、これはこれでいい。こんなのは、あまり多用されると散漫になりそうな、小説テクニックだが。 調査の進行で事件の様相が変遷するととともに、登場人物同士の関係性も進展してゆくキャラクター小説の趣もある作品。 そういう意味であまり具体的に感想を書かない方がいいと思うが、最後の1行がある種類のフィニッシング・ストロークになっており、これはやられた、という思い。作者ラッツ、後半のカーヴァーと某メインキャラのやりとりも含めて、意地悪で硬派だね。 でも80年台ネオハードボイルドのカオスななかで、これはあり、だとも思う。時代のなかであちこちに目配せしながら、それでも隙を窺うように骨っぽいハードボイルドを書きたいという作者の気概はしっかり実感した。 ミステリとしては後半でやや唐突に飛び込んでくる事件のパーツに違和感を覚えながら、クライマックスまで読み進めて……そう来たか!? という感じ。 ちょっと少し思うところもないでもないが、紙幅が残り少なくなっていくなかで事件の全貌が見えないサスペンス、そして最後に明かされる意外性のサプライスは結構なものではある。いやどちらかというと、事件の真相は「そっちかい!?」というヤツか。 (で、それでも、なんのかんの言っても、結局は前述の「最後の1行」が全部もって行った思いもあるのだが。) トータルとしては普通以上、期待以上に十分、面白かった。 ただあえて不満を言えば、なんか全体にあれやこれやの余剰の部分さえ踏まえて、優等生っぽい作品の感じが気に障らないでもないところか。 ちなみにコレは作者のお遊びだろうけど、カーヴァーはR・B・パーカーのスペンサーとも知り合いらしい。名前が出ないで、ボストンの食通の私立探偵とも面識がある旨の叙述がある。 シャロン・マコ-ン&名無しの探偵&ヘイスティングス警部、DKAとあちらやこちら、みたいにこの時代のアメリカミステリ界は作中でリーグを組みまくってるのかもね。結構なことである。 |