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ミステリの祭典

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殺人株式会社
未完の長編を、ロバート・L・フィッシュの補筆で完成

作家 ジャック・ロンドン
出版日不明
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/09/16 04:54登録)
(ネタバレなし)
 1911年のニューヨーク。富裕な名家の出身ながら、労働階級に与する33歳の社会主義者ウインター・ホールは、この20世紀初頭、全米でひそかに法で裁けない悪党どもを抹殺している秘密の「殺人株式会社」の存在を気取る。その組織の社長イワン・ドラゴミロフは、奇しくもホール青年の恋人グルーニャ・コンスタンティンの伯父(実は実父)セルギウス・コンスタンティンの別名でもあった。ドラゴミロフと対峙したホールは、殺人株式会社がある意味では<闇の正義の活動>をしていることは認めつつ、やはりこのまま放っておけないものとして「殺人の依頼にきた、標的はあなた=ドラゴミロフ社長自身です」と言い放つ。それはホールからしてみれば、ドラゴミロフに現在の殺し屋稼業を止めてほしいという婉曲な請願だった。だがドラゴミロフはその言葉に刺激されて、全米に潜む各支部の数十人の「社員」に向けて「自分=ドラゴミロフを殺せ、ただしこちらも生きるために応戦する」との指令を放つ。かくして一年間の期限内に仕事を果たすことを条件に、全米を股にかけた「殺人株式会社」社員同士の殺人ゲームが始まった。

 1963年のアメリカ作品。
 もともとは「あの」ジャック・ロンドンが1916年11月に自殺するまで、全体の3分の2ほどの部分を執筆していた未完の長編。その後の展開は構想メモが残されていたが、それをもとにおよそ半世紀が過ぎてから別のアメリカ作家によって補作がなされ、63年に刊行された。
 で、その補遺部分を担当した当時の新世代作家が「あの」シュロック・ホームズ、『ブリット』のロバート・L・フィッシュ(!)。

 この作品がアメリカで63年に刊行されたことは、今からウン十年前に少年時代に古本屋で入手した「日本語版EQMM」のバックナンバーかどっかの海外ニュース記事コラムで、見知った覚えがある。そんな大昔に「こんなものがあるの! 読みてええ~~!」と瞬間的に思ったことを、ごくうっすらと記憶している。

 と言いながら歳月が経ち、そんなイロモノ作品(?)のことはすっかり念頭から欠落していた(笑・汗)が、少し前に何らかの考えでジャック・ロンドンの書誌を探る機会があり、実はこの長編、一回だけ日本で翻訳が出ていたことを初めて知って、ぶっとんだ(それがこの叢書「全集・現代世界文学の発見」の2巻、その巻頭に収録の長編だ)。
 しかもAmazonで古書で買えば、そんなに高くない。
 そーゆーことでウハウハと購入し、ちょっと間を置いた本日になって読んでみた。 
(現状でAmazonの該当ページにリンクしにくいが
 学芸書林の「全集・現代世界文学の発見〈第2〉危機に立つ人間」 (1970年)ね。 )

 あらすじの通り内容はよく言えば前衛的、敷居の低い言い方で言えばかなりクレイジーな筋運び。
 ぶっちゃけて言えば「必殺シリーズ」(特に裏稼業の集団・寅の会の登場する『新・必殺仕置人』)プラス『飢えた遺産(なめくじに聞いてみろ)』プラス『殺人よさらば』それに加えて『ホップスコッチ』だ。

 物語の骨格だけ言えば、ある種の裏ブラックコメディのノワールクライムスリラーなのだが、本人自身が社会主義者でジャーナリストだったロンドンのこと、社会改革を願いながら自分の手は汚そうとしないアナーキストへの揶揄、そして何より正義のタテマエのもとの殺人稼業についての思弁などにもたっぷりと筆が割かれている。

 作中の殺人株式会社は殺しの依頼を受けてもすぐそのまま実行に移すようなただの殺し屋ではなく、事前に十全な調査をしてから相手が法で罰せられない外道の時のみ実行。標的候補がそこまでの悪人でないと判断した場合は、調査手数料として事前に預かった依頼金の10%のみをいただいて後は返金するという律儀なシステムを守る。この辺もブラックなユーモア。
 さらに青年主人公のホールは、実質的な主人公のドラゴミロフ社長によって組織の臨時書記に半ば強引に迎えられ、事態の見届け役を任されるが、そこで出会う殺人株式会社社内の殺し屋たちはどいつもこいつも第一級のインテリや知識人、紳士ばかりで、それぞれの思想や理想に立脚して殺人を行っている。この辺も小説がはらむ深い思弁を実感させる一方で、あまりにもパワフルに愉快すぎる。
 当初はドヤ顔で裏社会の暗部の首根っこを抑えたつもりのホール青年が、予想のはるか斜め上を行きまくる事態の推移に翻弄され、しかし殺人株式会社の面々とひとりひとり、インテリ同士として妙に気ごころを通じてゆくあたりも笑わせる。

 ドラゴミロフVSほかの社員たち、一対多数の殺人ゲームの進展と行く末はかなりスリリングで、ビジュアル的な見せ場も豊富。さすがに半世紀も経ってから後出しじゃんけんで執筆したフィッシュの担当パートも面白い。

 ちなみに日本で知られているフィッシュのシリーズものといえばシュロック・ホームズ以外では、「殺人同盟」三部作だが、こちらは本国では1968年に第一作『懐かしい殺人』が刊行。当然、フィッシュの念頭には数年前に書き上げた本作『殺人株式会社』のことがあったんだろうなあ、と思わせる。
 
 全体の評価としては、母体が20世紀初頭の旧作としてはかなりのリーダビリティで、そこはもちろん評価。ただ一方で、登場人物の言いたいことはなんとなくわかるけれど、もうちょっと平易な物言いに、という部分もなきにしもあらず(これは翻訳のせいもあるかもしれないが)。
 ある意味じゃ大人向けの黒いおとぎ話みたいな側面もある作品なので、登場人物の言動のリアリティとアクチュアリティはおかしな形で受け取らないようにしたい。
 人(外道の悪人)を殺すことも、他者のヒューマニズムに涙することも等価に考えるような人間をきちんと書けているということは、それはそれで小説の狙いとして、とてもまっとうで結構なことだと思う。

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