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ミステリの祭典

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白いパスポート

作家 生島治郎
出版日1976年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/09/12 15:32登録)
(ネタバレなし)
 1970年代の半ば。大手商社「三友商事」の本社内に爆弾が持ち込まれ、27歳のOL・横堀伊都子が爆死する。「私」こと同社の第二営業課係長で、伊都子の婚約者でもあった35歳の日疋(ひびき)守は、くだんの爆弾が伊都子の弟で過激派である真人によって社内にもたらされたらしい、そして伊都子は弟の行為を知って爆弾の被害を軽減しようとして死んだ可能性を認めた。こんな事件と前後して、日疋は上司・草刈志津雄部長から、ベイルートへ長期出張の相談を受けていた。現在のベイルート支部長は伊都子と真人の叔父である横堀正人である。正人も伊都子も真人の過激派活動に必ずしも協力的ではないが、一方で真人が叔父との縁も踏まえて政治的に不穏なレバノンに逃亡した形跡もあった。恋人の死の真実の調査と彼女の復讐を願う日疋はベイルートに向かうが。

「週刊小説」の昭和50年9月26日号から翌年の1月2日・9日合併号まで連載された生島のノンシリーズ長編。
 評者は今回、大昔に買ったままだった集英社文庫版で読了。同文庫の巻末には尾崎秀樹による詳細な解説がついている(ただし何故か、元版の実業之日本社版についての書誌的な言及はまったく無い。集英社と実業之日本社の仲が悪いのか? あるいは生島と実業之日本社の間でなんかあったか?)。

 主人公・日疋は、渡航中の機内で知り合った「中央日報」社会部の記者で巨漢の晴野伸之の協力を得ながら、ベイルートで現地の活動家たち(通称「コマンドス」)に接触。かたや上司の草刈からも何やら裏の事情を含む業務の指示、そしてそれに見合ったある程度の自由度と予算を与えられており、中盤の物語は欧州に向かうオリエント急行での電車旅にもからむ。

 現実の1970年代前半のオリエント急行は、71年に国際寝台車会社が寝台車の営業事業から撤退し、やがて77年にはダイレクト・オリエント急行が廃止されるなど衰退。かつての栄華が薄れた不衛生でサービスも悪いローカル線になっていたようだが、作者の生島はこの70年代初頭に実際に当時のオリエント急行に取材旅行に赴いたそうで、本作での同列車内の臨場感はかなり生々しい。日疋と、考え合って彼のバディ格となった晴野が体験する車内の喧騒の数々の大半は、たぶん作者の実体験か周辺での見聞に基づくものだろう。

 ミステリとしてはいくつかの物語上の二転三転はあるが、強烈なサプライズや意外性を主体にした作品ではない。むしろ主人公・日疋の基本は能動的な調査&復讐行、さらに半ば巻き込まれた状況のなかでの立場や精神的な姿勢を追うことが主軸。集英社文庫の解説で尾崎は「巻き込まれ型冒険小説」といった修辞よりは、あくまで生島流ハードボイルドの系列で本作を語っているが、それも頷けるものだ。

 ちなみに題名の「白い」とは、中盤から物語の表面に大きく出てくるヘロインのこと。禁断の麻薬だが、この扱いに向かい合う日疋の姿勢は現実的ながらあくまでまっとうで、そこも本作の読みどころのひとつとなる。
 
 全体の読み応え、相棒の晴野のいかにも生島サブヒーロー的な魅力、そして何より最後まで貫徹される主人公の気骨などから評価して7点でもいいかとも思ったが、作者がオリエント急行の思い出をくっちゃべる部分がちょっと多すぎる気もするので、この評点。
 まあベテラン作家がいい感じに肩の力を抜きながら、一方で情感を盛り込んだ好編だとは思う。

 ちなみに実にどうでもいいことだけれど、一時期、この作品は発表時期と何よりこのタイトルから、田宮二郎の連作テレビドラマ「白い」シリーズの関係作品(原作か原案か)とか勘違いしていた。実際にはまったく関係はなかったのだが。
 そもそもヘロインという主題が前面に出てくる内容は、毎回ストーリーがひと区切りする事件ものの各話ごとのネタならともかく、連続ドラマ向けではないな。

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