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ミステリの祭典

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花言葉は死

作家 勝目梓
出版日1985年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/09/04 15:09登録)
(ネタバレなし)
「私」こと秋津慎平は、元刑事で43歳の私立探偵。東京は新井薬師周辺に自宅兼事務所を設けるが、もう三か月も仕事がない貧乏暮らしだ。そんななか、渋谷で花屋を営む川村文子という30歳前後の美人が、失踪した友人で共同経営者の宮本槙子(まきこ)を探してくれと依頼に来た。秋津は文子が帰ったのち、彼女が自殺した最初の妻・佳津子に似ていることに気がつく。しかし依頼を受けた翌日、槙子が山中の車内でガス自殺してると報道されて、依頼内容はそのまま槙子の変死の確認とその状況の確認に切り替わる。秋津は、槙子が人気若手タレントの滝沢克也の恋人であり、しかも最近世間を騒がした事件の渦中の人物だったと知るが。

 元版は、1985年7月15日発行の奥付で講談社文庫での書き下ろし。

 作者の勝目梓は、無数の著作の表紙を飾る煽情的なジャケットアートから広義のミステリではあってもエロとバイオレンスの作家という予断というか印象があり(勝手な観測ながら、本サイトに来られるような大方の方も近いものかと思う)、そういうのが必ずしもキライでもない(笑)評者もやや敬遠していた。だからたしかまともには、まだ一冊も読んでない。

 まあこの作者の作品をいつか読むのなら、それは評判のいい比較的マトモそうな初期作品あたりからだろうな、とも思っていたが、先日、ブックオフの棚で本作の講談社文庫版をたまたま発見。地味に洒落た感じの題名に気を惹かれて裏表紙のあらすじ&紹介、巻末の結城信孝による解説を読むと、あくまで正統派の和製ハードボイルドミステリ&私立探偵小説だと書かれている。それで興味が湧いて読んでみた。

 結論から言うと、かなり骨っぽい上質な国産ハードボイルドの秀作。本文は文庫版で240ページ弱なのですぐ読めるが、筆力を感じさせる文体、軽いようで存在感のあるそれぞれの登場人物の造形、適度に入り組んだ事件の構造と、それを主人公(と若干の同業の協力者)の調査でほぐしてゆく段取りなど、いずれの面からも読みごたえがある(エロ要素はいくらかあるが、これはたぶん作者の常連の読者を意識した職業作家的なサービスであろう。少なくとも不愉快な描写ではない)。

 特に良かったのは、やはり主人公の探偵・秋津慎平の造形。
 貧乏で酒好き、趣味はモデルガンいじりというキャラ立てした属性をあてがわれながら、本質は20代の前半の警察官時代に愛妻にさる事情から自殺された過去を持ち、その後も再婚するがうまくいってない。表向きのフットワークの軽さと臨機の荒事への対応能力、苦い人生の傷などが、これは良い感じで明確なキャラクターを築いている。
(ところで現在のネットでの紹介記事などを読むと、秋津は離婚歴8回(!)とか、とんでもない記述も見られるが、講談社文庫版では2回しか結婚していないはず。何かの勘違いか、のちの版では恣意的に改訂されたか?)

 ちなみにいつもの「ハードボイルド」のひとつの測定基準として、一人称の主人公が当人の内面を明け透けに語る件についてでは、秋津はそれなりに心の声が饒舌だが、しかし一方で秘められた内面の痛みなどをあくまで小出しにしてゆく。その意味でも、かなりまっとうなハードボイルド私立探偵小説らしい手ごたえではあった。

 ミステリとしてはよくできている、と思う一方で、事件のすそ野がそれほど広がらない感じもあるが、そこが貧乏な中年私立探偵がかじりついた事件簿のひとつとしては、妙なリアリティを感じさせる面もある。この辺も含めて本作の味という感じだ。
 ただし犯人の情念はかなり強烈で、そしてある種の切なさを感じさせるもの。この辺も国産ハードボイルドの趣旨に似合う。

 いずれにしろ、この作者が実はかなりまともにハードボイルド私立探偵小説の素養があり、意欲もあったのはよくわかった。この系列の作品は、あとどのくらいあるのだろう。そもそも秋津の再登場などは……あまり聞いたこともないから、望みは少なそうだな。まあレギュラーキャラ化しないで、一本で燃焼する方がいいタイプに思えないこともないが。

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