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ミステリの祭典

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黄金蜘蛛の秘密

作家 由良三郎
出版日1989年12月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/08/14 15:21登録)
(ネタバレなし)
 昭和59年。私立東南大学の事務長として大成した50歳前後の坂田陽三は、自宅に飾られる、金色に塗られた蜘蛛の標本を見ながら、25年前の事件を回顧する。当時まだ若かった陽三は、東南大の庶務課に勤務。だが性格の悪い「ガマ野郎」こと藤田課長の(今でいう)パワハラを受けていた。酒場でつい藤田の死を願い、その思いを口にした陽三。だがその一言を聞きつけた見知らぬ人物が彼に接近する。その相手・岩部丈吉は、殺人請負業(殺し屋)だった。

 1984年3月にサントリーミステリ大賞を受賞した『運命交響曲殺人事件』で同年6月にミステリ文壇にデビューした作者が、実はそれより2年ほど前に書き上げていたという、本当の処女長編ミステリ。題名の「黄金蜘蛛」には、表紙周りで「こがねぐも」とルビがふってある。
 1990年に刊行されたこの文庫版が、初の公刊のようだ。
 
 自作への熱い思いを込めた作者の長いあとがきによると、7回も推敲を重ねた上で完成に至った作品らしい。それだけに90年の時点ですでに一ダースの著作があったご本人にしても、今(90年当時)なお、一番愛着がある作品だったようだ。
 そんな作品を長い間眠らせておいた事情もまたあとがきで当然語られており、大雑把に言えば、若書きで恥ずかしかったこと、また小説的にもミステリ的な意味でもやや特殊な題材を扱っているからであったそうである。
(なお明言は避けられているが、刊行された本作は別段極端に素人臭い文章とかそういうのではないので、たぶん1990年時点での最終的な推敲もされているものと考えられる。)

 表紙に「長編本格推理」を謳い、裏表紙にも「奇抜なトリックを駆使した本格推理」とある作品。確かに謎解きの要素は一応あり、かなり印象的なトリックというか大ネタも用意されているが、どちらかというとフーダニットのパズラーというよりは、半ば巻き込まれ型のサスペンスであろう。どことなく薄味のフランスミステリっぽい雰囲気もある。
(なおあとがきで、本作の大ネタ、大トリックをぽろっと、いかにも天然に、話の流れで作者自身がバラしてしまっているので注意。)

 その大ネタに寄り掛かった、という意味ではミステリとしては実のところ、ゆるい一面もある作品ではあるのだが、一方でたぶん東西ミステリ史上でもおそらく類のない大技が使われていることは評価したい。
 あと年配の作者がなんか読者に向けて、昭和的な情感に訴えてきたような作風そのものも、評者なんかには悪い感じはなかった(逆に、読者の世代や人柄によっては、こういうものを嫌う人もいそうだが)。
 犯行の陰にあった(中略)もそういう方向での興趣。
 また、途中から登場して主人公・陽三を支援する実兄で、本作でのアマチュア探偵役を務める新劇の劇団員・源太郎もなかなか味のあるキャラクターであった(デティルの描写だが、兄弟で飯を食う場面など、なんか良い)。
 あと、終盤に明かされる(中略)。(中略)なんだけど、ちょっと(中略)。

 なんというか、出来不出来とは別の次元で(別に駄作とか凡作だとか言ってるのではないが)妙に愛せる作品。そういう意味では、作者が処女作に込めた熱量の一端は、こちらにも伝わってきたかもしれない。
(ただタイトルロールの黄金蜘蛛には、あまり存在意義が無かったよ。)

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