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ミステリの祭典

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静かな教授
別題『恐怖の戯れ』

作家 多岐川恭
出版日1968年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2021/08/17 21:04登録)
 恩師である経済学界の先達・高延耕一郎に見込まれ、その娘・克子と幸福な結婚をしたはずの大学教授・相良浩輔。だが相良教授はその実虚栄心の強い妻に孤高の学究生活を乱され、世間体を繕いながらもうそ寒い日々を送っていた。その果てに彼は妻の克子を排除すべく「可能性の犯罪」を試みるようになる。いくつかの試行錯誤を経て首尾良く宿願を叶えた相良だったが、捜査が進むにつれて念入りに固めた嘘が、少しずつ剥がれ落ちていき・・・。
 冷たく淡々とした筆致が不思議な恐怖を醸し出す、多岐川恭のクライム・ストーリー。
 『私の愛した悪党』に引き続き昭和35(1960)年に発表された、著者の第五長編。この年の刊行は他に作品集『死体の喜劇』のみと控え目。この両長編に代表作『異郷の帆』を加えてベスト3に数える向きもあるが、本書の出来に飽き足らず翌年すぐバージョンアップ版の傑作『孤独な共犯者』を発表している事から分かる通り、捨て難くはあるもののそこまでの仕上がりではない(評者なら代わりに処女作『氷柱』か、先駆的な技巧の『おやじに捧げる葬送曲』のどちらかを選ぶだろうが)。
 とはいえ作りは入念。他者のみならず自らの感情でさえもガラス越しに観察し続ける相良のキャラは異様だが、この強烈さを探偵役となるカンの鋭い女子大生・生田肖子と少々頼りない助手・朽葉協治のコミカルな掛け合いで和らげ、更に親友の妻・立花みゆきの豪快なガサツさや担当・酒見警部補のドジっぷりをカクテルする事で口当たりをよりソフトな物にしている。〈冷血動物〉と教授を形容しながら、それでも彼への想いを断ち切れない愛人・一ノ宮梢も印象的で、彼らの静かな関係の終りは『氷柱』の変奏めいて心に残る。
 ちょっと好意を抱けそうにないキャラにも最後には同情させてしまう所、これも多岐川の腕である。

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