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ミステリの祭典

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土壇場でハリー・ライム

作家 典厩五郎
出版日1987年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/07/13 06:26登録)
(ネタバレなし)
 1967年5月12日、金曜日の夜。都内の三流新聞社「東都新聞社」の屋上から、文化部部長で45歳の月田春之が墜落した。一見、自殺に見えたが、その手に男性には似合わない色鮮やかなパラソルが握られ、さらに月田は近日中に会社を勇退して地元で仕事を始める準備を進めていた。月田の部下で、同じ映画好きとして年の離れた友人でもあった26歳の真木光雄は上司の死に不審を抱き、独自の調査を始める。やがて月田が死ぬ少し前に、なぜか、かのリヒアルト・ゾルゲ関係の資料を読み漁っていたという怪訝な事実が浮かび上がってきた。


 第五回サントリーミステリ大賞で、大賞と読者賞を同時に受賞した作品。オールタイムの同賞の史上でも一冊の長編が同時受賞というのはほかに例がない。そういう意味でもちょっと記憶に残る一編。
(かたや、賞の大きな機能である宣伝効果を考えるなら、同じ作品が同じ枠の中の賞を2つ受賞というのは、いささか非効率? ともいえる。)
 
 作者・典厩五郎は本作で小説デビューだが、本名の「宮下教雄」名義で、昭和の多数の映画・テレビ作品で脚本を担当。評者などもこの人が参加した杉良太郎主演の刑事ドラマシリーズ『大捜査線』(およびその第二部『大捜査線・追跡』。こちらでの宮下はメイン文芸)などをよく観ていた(そーいやこの人、テレビシリーズ版『バンパイヤ』の脚本とかもちょっとやっているが、そちらの担当回は録画映像は所有しているが、まだ観てなかった~汗~)。

 当人は本作以降も2010年代まで、作家として末永く活躍。後年は時代小説分野の著作もあるらしく、現代史をふくめて歴史についての素養も豊富なようである。本作も中盤以降の主題となるゾルゲ事件の扱いに、それらしい見識のほどが確認される。
 くだんのゾルゲ事件の謎への踏み込みは、虚実こもごもあわせて結構な熱量を感じさせたが、一方でたぶん本作が刊行された時点ではッショッキングな新説だったのであろう? 観点が、2020年代の今ではすでにかなり喧伝されたものになっているのは残念。
 そもそも1967年という時代設定が、本作の文芸設定(掘り起こされるゾルゲ事件の影響)を勘案してのものらしく(この辺は実作を読むとなんとなく狙いがわかる)、時代の流れの中で色あせてしまった点は、いささか惜しい気がしないでもない。
 それでも現代史の裏面に分け入っていく独特のダイナミズムには、相応の興趣があった。
 とはいえ全体のミステリとしての結構というと、その現代史の謎の部分と、リアルタイムの殺人事件の謎の融和が……うーん……(中略)。
 本作が選考されたリアルタイムの講評では、選考委員のひとり都筑道夫などは、題名がよくない、時代色の見せ方が安易(大意)だとか手厳しい。が、個人的には、タイトルは耳で聞く響きが心地よい上に、この題名に持ってくる流れがちょっとニヤリとする感じで悪くない。さらに映画や音楽の話題の羅列が主体となってこの60年代の半ばを語るのも、評者の関心に合致した形で楽しかった。
(あとで見たら、Amazonでも同様の物言いをしている人がいて、うん、納得。)
 
 現代編の登場人物はかなり多数出てくるので、メモをとることをオススメするが、キャラの配置そのものは図式的すぎる一方、場面場面では随所で印象的な芝居をして見せたり、その辺はいかにもシナリオライター出身の作家の作品っぽい気もした。昭和ミステリとしてのまとまりでいえば、乱歩賞作品のBクラスの中ぐらい、そんな感じか。まあクロージングは、ちょっと力技を感じながらも、これでいいと思うけれど。
 読み物としてはなかなか面白かった。ただし謎解きミステリ、さらに現代史の謎と現在形の殺人事件が絡み合う、立体構造の作品としては……まあ(中略)。6.5点くらいあげたい気分で、今回はこの評点に、とどめておく。

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