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ミステリの祭典

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猟奇の都
旧題『ボルヂア家の毒薬』『世界怪奇犯罪小説集』

作家 高木彬光
出版日1970年12月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2021/07/19 20:36登録)
 江戸川乱歩激賞の「ロンドン塔の判官」(塔の判官)と併せ昭和三十一(1956)年二月、『ボルヂア家の毒薬』の書名で東方社から刊行された、著者初期の歴史探偵小説集。ただし本書には「~判官」の代わりに、アマゾンを遡り魔境〈悪魔の淵〉の上流を探る戦慄の冒険譚「ビキニの白髪鬼」が収録。昭和二十七(1952)年九月より昭和三十(1955)年一月まで、「探偵倶楽部」「面白倶楽部」ほか各誌に掲載された六篇が収められており、全て長篇『白妖鬼』と『神秘の扉』に挟まる形で執筆されている。
 収録作を年代順に並べると マタ・ハリ嬢の復活 (マタハリの娘) /ラブルー山の女王(人外境)/ビキニの白髪鬼/ボルジア家の毒薬/コンデェ公の饗宴/ダンチヒ公の奥方 となる。最も長い「ラブルー山~」は黒岩涙香の翻案物を高木がダイジェストしたもので(原作はアドルフ・ペローの "Black Venus"、「万朝報」明治二十九(1896)年三月七日~明治三十(1897)年二月二十六日まで連載)、涙香死後三十三周年を記念して書かれたもの。フランス舞台の「ボルジア家~」からの三作は歴史連作〈七つの大罪〉として、それぞれ好色・美食・虚栄の罪をモチーフにしている。なお連作はこの三篇で途絶し、残りの四篇は遂に書かれないまま終わった。
 15世紀末から16世紀初頭にかけて一世を風靡したルネサンス期の梟雄チェーザレ・ボルジアの破滅に関わる毒殺事件を扱った「ボルジア家~」と「コンデェ公~」は出来はそれほどではないが、後者はオノレ・ド・バルザック『風流滑稽譚』の贋作という体裁で、わざわざ擬古文調を使うなど凝っている。作中アレクサンドル・デュマ『ブラジュロンヌ子爵』前半のエピソードに触れているが、鈴木力衛の三銃士全訳がちょうどこの頃なので、おそらくそれを読んだのだろう。高木と言えば生硬な文章と堅苦しいイメージが強いので、これには少し驚いた。やはりこの当時の一高出身者の素養はハンパではない。大したものではないが、両者とも準密室および密室を扱っている。
 それよりも出来が良いのは次の「ダンチヒ公の奥方」。長谷川哲也『ナポレオン 覇道進撃』に登場するルフェーヴル元帥の妻・カトリーヌが機略と機転で、あのジョゼフ・フーシェを顎で使ってナポレオン二度目の妻、マリー・ルイーズの愛人ナイバーク伯爵を死刑の身から救う。終始べらんめえ調で「私よりもっと智恵のあるお方がこの場におられます」とフーシェに言わせるカトリーヌがGOOD。垢抜けせずとも平民暮らしからくるタフさと世間知がある。
 「マタ・ハリ嬢の復活」は、G・H・Qからの資料提供によるノンフィクションとされているが、果たしてどうだろうか。刑場に散った欧亜混血の女スパイ、マタ・ハリの愛娘ペンダが辿った第二次大戦末期から朝鮮戦争までの数奇な運命を綴る短篇で、どちらかと言うと宿命譚の部類。
 読ませるのは「ダンチヒ公~」と、ややご都合主義ながら起伏に富んだアフリカ舞台の冒険物「ラブルー山~」で、一、二馬身差の「マタ・ハリ嬢~」の他は並。著者のこの系統は約十年後の文華新書『吸血の祭典』(1967)へと続く。ちょっと毛色の変わった作品集だが、総合すると可もなく不可もなくの6点。行っても6.5点くらいか。

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