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ミステリの祭典

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裏表忠臣蔵

作家 小林信彦
出版日1988年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/06/02 05:38登録)
(ネタバレなし)
 小林信彦の小説作品といえば「オヨヨ」「唐獅子」「神野推理」の3シリーズ、さらには『ドジリーヌ姫』あと『紳士同盟』のみ読破という軟派きわまりない評者(エッセイや書評の類はそれなりに読んでる)だが、いつの間にか古書で購入してあった蔵書(元版のハードカバー)が先日、家の中から見つかったので、このたび読んでみる。

 初出は「新潮」1988年9月号。作品の体裁は、1964年に放映のNHK大河ドラマ『赤穂浪士』の美談ドラマに胡散臭さを感じた作者が、資料を読み込んで語り直した史劇である。
 
 赤穂浪士討ち入りという史実をドキュメントフィクションドラマにした実質的な開祖といえる『仮名手本忠臣蔵』。それを起源にあまたのフィクションで時代を超えて築かれた<赤穂浪士=悲劇の英雄>像に疑義を唱える長編作品だが、作者は恣意的に史実上の人物をお笑いキャラに貶めることもなく、それぞれ<そういう見識>での認識も可能な人間像として捉え直してゆく。
 大した主体ももたず状況に流される大石内蔵助、発作的な凶行に及んだ浅野内匠頭、忠義の念よりも「二度も仇討ちの主力となったという勇名」を高めて、今後の再士官を潤滑にしたいとあくまで打算を考える堀部安兵衛……などなどの肖像は、おのおの、あくまで「そうだったかもしれない」人物として語られ、そこにはそれぞれ異様なまでのリアリティがある。うん、これは忠臣蔵版『(裏)時の娘』だね。
(ただし作中の探偵役が既存の資料の解析から、それぞれの人物像を再検証するというミステリらしい手法ではなく、あくまで小説として「そうであったかもしれない」「それらしい」キャラクターを語っているのだが。)

 とはいえ21世紀の現在では、この手の「実は……」的な裏読み読解本はコンビニでワンコインで買える書籍で出まくっているので、たぶん、本作の元版が刊行された30年以上前ほどのインパクトは、自分などは得られなかったのも事実(汗)。
 いや、おそらく本書は、凡百のその手の即席乱造本(?)なんかとは比べものにならない仕込みと精度で書かれているのだろうとは思うのだけれど、基本的にそんなに歴史に強くないこちらとしては、作中の情報や歴史トリヴィアなんかも黙ってうなずくのみで、そのクォリティの如何についての賞味ができないのだよな。たぶんこの本は四十七士の名前くらいスラスラと完全暗唱できるくらいの人の方が、もっとずっと楽しめるような気がする。
 まあそれでもおおむねワクワクし、時に重い気分になりながら、とても勉強になる(?)楽しい一冊ではあったが。
(作者の分身として登場する和菓子屋の息子も、一種の自己言及キャラとして作品に厚みを加えている。)

 しかしニヒリズムに満ちた歴史観、人間観を、持ち前の小林信彦らしい毒のあるコミカルさで彩ろうとしている気配は感じるんだけど、力がこもったせいか、結局はどちらにも振り切れてないんじゃない? と思わせるパートもいくつか。その辺の微妙なバランスにシンクロできた人ならさらに楽しめるだろうね。
 いや、妙に戯作化したり、カリカチュアライズしたりしてはいけない、その手前ギリギリにおさめたい、という作者の判断の結果が、もしかしたらコレ(完成した作品)なのかもしれないんだけれど。 

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