トロイの木馬 |
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作家 | ハモンド・イネス |
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出版日 | 2002年11月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2021/06/01 20:09登録) (ネタバレなし) 1939年のロンドン。「私」こと、42歳の独身の刑事弁護士アンドリュー(アンディ)・キルマーチンは、ドイツから亡命してきたユダヤ系の技術者ポール・セヴァリーン(フランツ・シュミット)から接触を受ける。シュミットは義兄で恩人の英国人エヴァン・ルーエリン殺害の嫌疑を受けて逃亡中の身だが、それはシュミットが開発したさる技術に目をつけた、英国に潜むナチス工作員による冤罪だった。シュミットから真実に至る手がかりを託されたアンドリューは、親類かつ年下の親友デイヴィッド・シール、そしてシュミットの美しい娘フレイアとともに、ひそかに進行するナチスの陰謀に介入してゆく。 1940年の英国作品。作者イネスの第6長編。 純粋な英国人の要人を抱き込んで英国国内で暗躍するナチス工作員という明確な悪役が登場。 イネス自身が戦後に著した自然派冒険小説の諸作とは大きく異なる作風だし、このひとつ前の『海底のUボート基地』でも、もうちょっと大自然のロケーションを活かした筋立てだったぞと、結構な違和感を覚える内容。 そういう意味ではイネス作品を読んでいる感じが、やや~かなり希薄だったのだが、お話そのものは、敵に捕まった主人公アンドリューの中盤の脱出劇など、いかにもイネスらしい重厚な書き込みでフツーに楽しめる。なんかバグリィかマクリーン、キャリスンみたいな感じでもあったが。 クライマックスの洋上の活劇図もかなり派手で、もしも該当部だけ抜き出されて読まされていたら、絶対にイネスの作品とはわからないだろう。まあそんな感じ。 サブキャラクター、ルーエリンの文芸設定(実は……)があまり生きなかったり、フレイアをめぐるアンドリューとデイヴィッドの三角関係が……(以下略)とか、ツメの甘さや計算違いを感じさせる部分もないではないが、これはまあ、初期作品ならではのものか。作家デビューは早かった(活躍期間も長かった)イネスだが、これをとにもかくにも27歳の若さで書いているという事実には驚かされる。 ところで本作の執筆~刊行された時期の英国は、恣意的にナチス・ドイツに対して宥和政策をとっており、前作『海底のUボート基地』などでは「ドイツ軍人でもマトモな連中はいるのだ」という一種の忖度が窺えたのだが、本作ではおおむねナチス=悪の原理で書かれていて、わずかな期間の間での情勢の推移が見えるような気がしないでもない。 しかし戦後のイネスって、第二次世界大戦をリアルタイムで舞台にした作品ってあんまりないように思うのだけれど。これってやっぱり、当時を振り返って、何か感じるものがあったのであろうか。 トータルとしてはフツーに面白い。前述の脱出劇のくだりなど、ちょっとガーヴのよくできたものあたりを想起させるテンションの高さでもある。ただしやっぱりこれって、ぼくらの知ってるイネスのスタンダードじゃないよね、ということで、ちょっと評点は辛めに。 |