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ミステリの祭典

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落陽曠野に燃ゆ

作家 伴野朗
出版日1989年09月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/05/28 07:02登録)
(ネタバレなし)
 昭和6年の満州。現在31歳の賀屋(かや)達馬は、さる事情から3年前に関東軍を追われ、日本に帰国していた元大尉だった。だがそんな賀屋を石原莞爾が内地から呼び戻し、財政的に困窮する関東軍のために、その持ち前の実行力と才気で軍費を稼ぐように協力を求める。恩人である石原の要請に、なんとか応えようとする賀屋。しかし激動する時代と現地の複雑な情勢は、そんな賀屋の前で風雲、急を告げようとしていた。

 やがて大戦の時代に向かう満州を舞台に、関東軍にどのような資金調達が行われていたかを主題にした歴史もので、史実の裏面を語る冒険小説だが、物語のスパンがかなり長い。後半の展開のネタバレになるのでここでは詳しくは語らないが、まあ読んでいけば、どういう流れでどういう時局に着地するかは、大方すぐ見えてくる? とは思う。
 ちなみに元版のカドカワノベルズ版で読んだが、表紙周りには「書き下し大河歴史冒険小説」と銘打ってあり、うん、おおむね納得。
(ところでこのカドカワノベルズ版、いきなり表紙折り返しのあらすじ部分で主人公の名前を「加屋」とか間違えており、これはいけない。)

 主人公の賀屋は当初こそ資金調達がそれなりにうまくいっていたものの、関東軍のためというか、世界情勢の中で逆境に向かう祖国のために、次第にあえてダーティな手段をとらざるをえなくなる(別の事情もからむが)。
 だが賀屋自身が足踏みしていたら物語が進まないし、歴史が動かないので、本来なら賀屋が抱える葛藤(良心ゆえの苦しみ)を賀屋当人ではなく、副主人公に近いポジションの若手満鉄社員・間宮精一郎が引き取るあたりとか、それぞれの人物がおのおのの役割をこなす群像ドラマらしい、正しい作りをしている。
 一方で途中の小規模なサプライズ(ミステリ味)の見せ方などは、ほかの先行する伴野作品とおんなじ手癖で綴っているところもあって、そのあたりはちょっとファン目線で引っかかった。まあ自然にやっちゃったんだろうね?

 関東軍のセクト争い(みたいなもの)、共産党、暗黒街組織などの組織の入り乱れが、そのまま多数の劇中人物の錯綜につながってゆく。
 結果としてドラマというかお話としては、これでよいのだと納得できるキャラ同士の相関もあれば、かなり強引だなあと思わざるを得ない箇所もあって、その辺は玉石混淆。

 それでも物語にはほぼ全域、エネルギッシュさを感じるので、あっという間に読める。本文そのものは二段組で250ページもないから紙幅は少なめなのだが、作中での時間の経過を考えると、よく、ほぼ3時間ちょっとで読了したなと、我ながら軽く驚いた。

 前述のようにキャラの関係性で力づくなとこがあり、それゆえラストもなんか無理に「さあここで(中略)!」と言われてるみたいなところもなきにしもあらずなんだけれど、それでもまあね、こういう作品はこれでいいや、という気分。
 久々に伴野長編作品を読んで、予期していたものの7~8割くらい……? は得られた感触はあるので、評点はこれくらいに。

 作者のマイベスト作品、その上位に入るかはやや微妙だけど、伴野作品はクロージングの余韻で評価を稼ぐと思うので、そういう意味では期待に応えているし。

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