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ミステリの祭典

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フォックス・ウーマン
A・メリットの未完作品を著者が書き継いだもの

作家 半村良
出版日1994年10月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点
(2021/05/31 06:43登録)
 世界恐慌の迫る西暦1928年、アメリカ大富豪の弟チャールズ・メレディスは、中国・雲南へ向かう旅の途中兄マーチン夫妻を殺害し、莫大な資産を我が物にしようとする。だが夫と秘書の必死の活躍に守られた妻は、秘められた最古の神を奉ずる老道士・悠謙(ユーチェン)に庇護された聖狐院に逃がれ、白金色の巻毛を持つ優美な女と結合したのち一人の女児を生んで息絶える。そして一家虐殺で唯一生き残った幼女・聖狐の胸には、復讐を意味する炎の形の痣があった。
 一方殺戮に加担した暗黒街の帝王・呂剛(リュコン)は、隠然とした力を持つ崔一族の支援のもと強力な軍閥を創設し、中国北東部・満州の支配にのり出すが、なぜか怪しい狐の存在につきまとわれる――。絢爛妖異の大冒険伝奇ロマンの傑作!
 雑誌「小説現代」一九七八年九月号~翌一九七九年八月号まで、一年間に渡って掲載された伝奇小説。畢生の大作『妖星伝』五・六巻連載分とも時期が被ります。この作者は油断も隙もならないので一応確認したのですが、『イシュタルの船』(1924)や『金属モンスター』(1946)などを著したアメリカ作家A・メリットの未完作品 、"The Fox Women" を独自に書き継いだものなのはほぼ間違いありません。原著はメリット没後の1949年、ニューヨークのAvon社から "The Fox Women & Other Stories" として刊行され、イラストレーター兼ファンタジー作家のハネス・ボクがこれも続編の "The Blue Pagoda" を物しています。
 オリジナルの後に半村作を置いた二部構成ですがメリット版の密度は高く、これだけでも読む価値アリ。この第一部を翻訳者の野村芳夫と半村が共訳して全体のムードを統一し、国際陰謀・冒険系の第二部に繋げる段取り。ここでは道士・悠謙や真の主人公となる聖狐は脇へ退き、復讐対象である悪人たちを中心にして各員が配置されます。
 主として日中戦争から第二次世界大戦を背景に、中国・日本・アメリカの三国にわたる復讐の連鎖が書かれる予定だったようで、中国には呂秋原軍閥の将軍となった呂剛にその愛妻・梨麗、チャールズと共に聖狐院から追い払われた軍事顧問のラセルとブレナー、馬賊・伊達順之助モデルの伯爵家の快男児・朱藤健介、執事の村岡、白系ロシア人アンナ、自在流の門弟・島田五郎、さらに霊力を持つ道士・夢海が。
 日本には青竜社を率いる右翼の大物・武藤進吉に霊能者・岡田慧心、ひょっとこのヨネこと米田東次に自在流を創始した村岡の叔父・巌夢、虹屋のお新にボロ船船長の徳さん、その二人に助けられた狐を奉ずる中国人・鮑、そして彼らを告発し出世の緒を掴もうとするもぐりの竹田医師と皆川刑事。
 アメリカにはチャールズ及びその妻メイと、悪人夫婦を食い物にして利益を得ようと目論むギャングの大立物ザ・フォックスことジョニー・トリオ、そしてその部下ロバート・ウッド。崔大人の美術品を盗むついでに目撃者の鮑を刺し殺そうとした、お新の実兄・坂本二郎。出来の良い一部には見劣りするもののこれらの登場人物達が絡み合い、物語を進める予定でした。
 米犯罪シンジケートの創設者ラッキー・ルチアーノや西安事件などを関連させて約50年、1980年代までに至る壮大な構想。マンハッタンの自宅で2003年、105歳で大往生した蒋介石夫人・宋美齢が一役買う可能性もあるものの、伏線のみで力尽き惜しくも完結せず。そこそこ面白く読めますが、結局未完という事で点数はキツめです。

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