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ミステリの祭典

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サハラ砂漠の秘密
別題『砂漠の秘密都市』

作家 ジュール・ヴェルヌ
出版日1972年03月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2021/05/11 00:05登録)
ヴェルヌ最後の作品とされる本書は未完成の2作品『調査旅行』と『サハラ砂漠の都市』を息子ミシェルが合わせて完結させて、ジュール・ヴェルヌ名義で刊行したと云われている。
ヴェルヌのデビュー作『気球に乗って五週間』もアフリカへの空の旅だったから、彼の創作活動はアフリカに始まりアフリカに終わることとなった。偶然なのか意図したことのなのかは今ではもう解らないことだが。
本書は先に述べたように2つの作品を1つに纏められた作品であるため、前半と後半とでガラリと様相が変わってくる。

前半は兄の汚名を雪ぐべく、当時未開の地だったニジェール川の中流、≪ニジェール川の湾曲部≫にあるクーボの村まで麗しき勇敢な女性が間抜けな年上の甥と共にフランスの調査団と共に向かう探検譚となっているのに対し、後半はサハラ砂漠の一角に無法者によって作られた都市に囚われた調査団たちの戦いの物語となる。
未開の地への冒険と見知らぬ独立国家との遭遇。そのどちらもヴェルヌ作品の大きな特徴であるため、ウィキペディアの情報がなければヴェルヌが晩年にこれまでの作風の全てを注ぎ込んだ最後の大作と思ったことだろう。

そしてジェーン・バクストン達一行が囚われるブラックランドはご丁寧にイラスト付きでその都市構成が語られる。それは中心にレッド・リバーなる大河を湛えた、周囲に城壁を備えた城塞都市で、私はこのイラストを見た瞬間、マンガ『進撃の巨人』の3重の壁を持つ人類地区を想起した。

最新科学の知識に基づいた奔放な創造力による発明の数々、特徴あるキャラクター達、そして未開の地での意表を突く食糧事情など、これまでのヴェルヌ作品のエッセンスを十二分に備えた作品となっている。

そしてこのヴェルヌ最後の物語は最後の最後まで我々現代に多大なる影響を及ぼしていたことが解る。例えば今回の物語はフランシス・コッポラ監督の名作『地獄の黙示録』、もしくはその原作『闇の奥』にその影響が見られる。いやそれだけでなく未開の地で誰も知らない近代技術の粋を集めた王国を築き上げる首領という設定は007シリーズやその他数多のヒーロー物にも影響を与えている。本書の影響を受けて作られたそれらの物語の数々が今なお現代でも脈々と引き継がれているのである。

またこれほどたくさんの作品を著し、その都度最新科学の技術と知識を盛り込んできたヴェルヌに私は幾度となくその先進性に驚かされたが、それが最終作となる本書においてもまだ驚きをもたらしてくれることに素直に驚いた。
そして何よりも本書ではその物語性に関しても完成度が高いことに驚きを禁じ得なかった。
本書は2つの作品をヴェルヌの死後、息子ミシェルが編集して完成させたとされているが、それが実に見事な出来栄えであることに驚かされた。通常名作家の晩年の作品はアイデアの枯渇が見られ、質の低下が露見して概ね残念な出来栄えに終わるのが常だが、この息子の成果はSFの開祖として名を馳せた父ジュール・ヴェルヌの名を辱めない、いや寧ろ最後の最後までヴェルヌの名を高らしめた仕事として評価されることだろう。

人の幸せやより豊かな生活のために発展してきた科学技術や未開の地を切り拓いて国を作るフロンティア精神も悪意の下では兵器にもなり、そして悪の巣窟になることを解く。後期ヴェルヌは科学の万能さで夢を描いた前期から一転してこのような人間の過ちを描くことが実に多かった。
しかしながら本書はそれでも巨匠ヴェルヌの幕引きに相応しい大著であることは間違いない。息子の最大の親孝行が本書という形になって残ったのはヴェルヌの魂も浮かばれることだろう。だからこそ本書は絶版などせずにこれからも残り続けてほしいと強く願うばかりだ。

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