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ミステリの祭典

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ふたりの真犯人 三億円事件の謎
改題『三億円事件の謎』

作家 三好徹
出版日1980年12月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/04/05 08:56登録)
(ネタバレなし)
 1968年(昭和43年)12月10日。東京の府中で起きた現金輸送車強奪事件。それは「三億円事件」として昭和史に残る大事件となり、捜査員のべ17万人、容疑者12万人近くという大捜査を展開しながら7年後に時効を迎えた。事件発生当時、某新聞の社会部にいた当時30代半ばの独身記者・重藤は事件開幕時からの経緯を語るが、やがて時効が成立したのち、一人の人物が現れる……。

 月刊「小説サンデー毎日」に昭和50年10月号より5回にわたって連載された、疑似ドキュメンタリー形式のミステリ。言うまでもなく、現実に起きた著名な現金輸送車襲撃事件を題材に、その時効のタイミングを連載の途中に組み合わせる形で執筆された(つまり万が一、時効以前に事件が解決していたら、当然、この作品は結末が大きく変わっていたことになる)。

 時効のタイミングに連載をリアルタイムで合わせるというアクロバティックな手法は「三億円事件」に関してはたぶん他にも当時の例があったと思うが、記憶にある限りでは「週刊少年チャンピオン」に連載された石川球太の実録刑事マンガ『ザ・ノラ犬』の第一部がこの趣向で本事件を素材に展開。現実に三億円事件の捜査に途中から登用された昭和の名物刑事・平塚八兵衛氏を主人公にしたドキュメンタリーコミックだった(大昔の少年時代に、テレビでインタビューを受けている平塚氏の姿を、たった一回だけ、観た覚えがある)。

 本書の元版は光文社のカッパ・ノベルスから『ふたりの真犯人 三億円事件の謎』の書名(~真犯人、までがメインタイトル)で1976年3月25日に「長編推理小説」の肩書で刊行。
 のちに文春文庫に入った際に『三億円事件の謎』に改題された。これだと小説というよりは、純粋なノンフィクションドキュメントに見えないこともない。
(ちなみにAmazonでは現状、こっちの文春文庫のみデータ登録されている。)

 評者は今回、大昔に買ったカッパ・ノベルス版(たぶんミステリマガジンの書評とかでホメてあり、それに乗せられたんだと思う)を書庫から見つけて読了。

 事件そのものと、その事前工作らしい数回の脅迫状の件、さらには事件捜査のデティルを圧倒的な情報量で客観的に詳述。その端々に挟み込む形で、主人公の重藤記者の仮説や推理が語られる。
 
 本書の内容は、多大な労力を費やした捜査陣の苦闘を非難するわけでは決してなかろうが、捜査の初動にどこか、ある種の精神主義にかまけた甘さといびつさがあったのでは? とやんわりと指摘。当初は3週間でこの事件は解決されるだろうと楽観していた捜査陣にも苦い一瞥を向けている。
 
 強烈に読み応えのある一冊だが、ラストは「作品」としてまとめるためにいささか性急にフィクションの部分を導入した印象がなくもない。
 とはいえ、その終盤で語られる<三億円の現金の行方>についての作者の仮説などはかなり興味深い。
 前述のAmazonでは文春文庫の方のレビューが激賞ばかりだが、納得できる反響ではあろう。
 「三億円事件」、現実の昭和史に関心のある人ならお勧めしたいドキュメンタリーミステリである。

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