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ミステリの祭典

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カムイの剣
次郎(ジローム・カムイ)

作家 矢野徹
出版日1975年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/03/26 05:08登録)
(ネタバレなし)
 1702年。海賊王キャプテン・キッドが莫大な財産を世界のいずこかに隠しながら、処刑台の露と消えた。それから一世紀半以上の時を経て、下北半島の漁村にアイヌ人の血をひくらしい一人の男児の赤ん坊が漂着した。書き付けから「次郎佐」と命名された男子は、村の少女さゆりを姉とし、さゆりの母つゆを養母として二人の愛情を受けながら育つ。だが次郎が14歳になった時、何者かに母と姉が惨殺され、その冤罪が次郎に着せられた。仇を知るという謎の忍者僧・天海のもとで修行に励み、一人前の忍者になっていく次郎。だがやがて彼は、実は当の天海とその側近こそ母と姉を殺した真犯人だと知る。同時に自分自身に秘められた謎の財宝の秘密を追い求め、追撃の手をかわしながら逃亡の旅を始める次郎。だが彼の長い長い物語のなかでは、ここまではまだほんの序盤にすぎなかった。

 1985年の角川アニメ映画は当時、スタッフの布陣など気になりながら、今ひとつ作風に花が感じられないので観なかった。正直、先行の劇場アニメ版『幻魔大戦』も映像はともかく、ストーリー的には駄作だったし。このころには少しずつ角川映画全般の神通力? も失せてきていた。
(したがってアニメ版『カムイ』は今でもまだ未見。この映画のファンの人がいたら、すみません)。

 それでもこの頃に当時の角川文庫版で、原作を購入だけは購入(手元にあるのは1976年の3版)。以降これまでも、小説の方の評価は高そうなので、何回か読もうかと思いながら、本の厚さ(本分440ページ以上)に腰が引けるのを繰り返していた。
 そういう訳で今回は例によって、書庫で長らく眠っていた一冊の、一念発起での通読である。

 でまあ感想だが、うん、いろいろスゴイ作品……だとは思う。
 まず最初に書いておくが、Wikipediaで書誌を調べたところ、この作品は正編にあたる明治維新直前のタイミングまでの分が1970年に立風書房から元版書籍で刊行。これがそのまま75年に初版の 角川文庫版に収められた。
 その後、さらに文庫版で3冊分の続編(正編の後日譚となる明治維新以降編)が執筆され、後年にはその正続編で文庫本5冊というバージョンだの、さらなる改定版とかあるらしい。
 くだんの続編はいずれ読むかどうかわからないが、とりあえず今回はその最初の正編分(幕末編)のみ感想を綴る。
 
 角川文庫版の解説では星新一が「日本冒険小説のベスト5」に入る傑作と激賞。さらにAmazonの現行のレビューでも星5つばかりが5人ほど並んでいる高評価である。
 
 しかしながら個人的にはかなり印象を語りにくい作品で(汗)、なんとか言葉を探りながら思いを伝えるなら、作者の思いつくままに鼻面を引き回されていく違和感と、物語の裾野が無制限に広がっていく感覚が相半ば、という歯ごたえであった。

 いや『モンテ・クリスト伯』こそあらゆる物語のなかで至高とする作者が、自分なりに同ランクの伝奇冒険ロマンを綴ろうとした意向はほんっとうによくわかる。
 しかし一方で読んでいる最中には、物語がどこに向かうかのベクトル感がほとんど得られないことに、非常に不安定な足場を感じた。まあ、前述の解説で星新一も触れているように、全体を読み終えてみれば、話や物語の場があきれるほどにあちこちにとびながら、奇妙にバランスはとれている……感覚もあるのだが。
(あえてAmazonのレビューのなかから、近い感想のものを選ぶなら「ツッコミどころは満載だが、読ませる勢いに満ちていて、冒険小説はこれでいいのだと思う」という大意の見識に、もっともシンクロする。)

 重要アイテム「カムイの剣」の扱い、大敵・天海の処遇のほとんど反則技、あれやこれやの人間関係の相関……結局はこれらをストレスなく読めるかどうか、というところであろう。そこで評者は、致命的ではないものの、それなりに減点を見逃せないところもあって、トータルとしては、こんな評価になる。

 ただまあ(なるべくネタバレにならないよう書きたいが)、ほとんどワンシーンの見せ場である第30章後半の展開は、最高潮に魂がシビれた! 私的にはこのあとの数ページの描写だけで、丸々一冊、読んだ甲斐はあったな、という思い。
 こういう大筋から離れかけた断片(かけら)みたいな叙述で多大な感興を覚えることこそ、小説(冒険小説もミステリも含む)を読む上での幸福だと思う。

 とりあえずこの正編をきちんと最後まで読んだ人のいろんな感想を聞いてみたい。
 続編の方は、しばらくしてから、また読みたくなるかどうか様子を見よう。少なくとも今の自分には、本流で付き合うような作品ではまだないかも(ほかの矢野作品は、まだまだもっと読んでみたいが)。

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