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ミステリの祭典

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砂塵の舞う土地

作家 ダンカン・カイル
出版日1992年04月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/03/22 07:12登録)
(ネタバレなし)
 1980年代半ばの西オーストラリア。老舗の法律事務所「マクドナルド&スローター弁護士事務所」に勤務する「私」こと、30歳の弁護士ジョン・クローズは、一風変わった案件を担当する。それは1941年に地主の女性メアリ・N・ブライトから同事務所に預けられた遺言書で、メアリは最近まで生きていた。60年前の遺言の有効性に基づき、健在が確認される唯一の血縁である30歳の女性軍人ジェーン・ストレットが英国から来訪。クローズはジェーンとともにメアリが遺した土地を見に行くが、特に価値もなさそうなくだんの土地の売却を求める者が現れ、さらに同地には複数の不審な男たちの影が。

 1988年の英国作品。
 別名義の著作を含めて、作者ダンカン・カイルの13番目の長編。
 新旧、多くの作家を擁するイギリス冒険小説界の中でも、カイルは日本には十数冊の著作が翻訳紹介され、割と優遇された方だとは思う。
 まあ翻訳の契約条件などの裏事情もあるので、多くのタイトルが翻訳された=日本の読書界に人気があったとは、100%イコールともいえないだろうが、それでもそれなり以上に70~90年代にかけて本邦で読まれたのは確かだろう。
(とはいえ評者なんか、優秀作『緑の地に眠れ』ほか数冊しか読んでないが。) 

 しかしながら、イネスやバグリィと同じく著作は基本的にノンシリーズ、しかも自然派冒険小説の太い系譜のなかで、カイルとはこういう作風、というのが表現しにくい。
(これに大御所マクリーンやもっとマイナーなジェンキンズやアントニー・トルーあたりまで視野に入れて、個々の作風を差別化しながら語るのは、大変な苦労だ~汗~。)
 そういう意味じゃ、カイル作品の現状の評者の認識は<イネス+バグリィ、ちょっとマクリーン風味>という、その程度に大雑把な印象ではある。

 そんな観測を前提に本作を語るなら、青年弁護士と女性軍人コンビのラブコメっぽい関係(ただし潔いくらいにセックス描写の類はなし。昭和の中学生に読ませてもいいくらい)、謎の悪役は出没(この辺はイネスというより、バグリィかあるいはフランシスあたりっぽい)、広大で苛烈な砂漠の描写(ここらはイネスやマクリーンからそのほか多数)、そして物語の最大の興味となる「なぜその土地が狙われるか」の謎(この種のフックも類例は多数)という作り。さらにはオーストラリア原住民と植民地の白人の関係性を軸とした民族的文明論、そして本作独自の趣向として、第二次大戦中に欧米からオーストラリアに持ち込まれ、そのまま置き去りにされてしかもまだ現役(!)の戦車や戦闘機などの要素がからむ。

 小説の作法としては会話が多く、場面転換も筋運びも全体的にスピーディ(一番近い感触では、出来のいいときのバグリィかな)。キャラ描写も主人公クローズの若手弁護士という設定に準じて人脈が豊かで、何かわからない案件が出てくるとホイホイ知人や友人たちの専門知識が頼りになる。軽いといえば軽い作劇だが、その分、ストーリーに無駄な迂路が皆無で、どんどん物語が進展するので読み進む上でのストレスはあまり生じない。

 かといって人物造形が概して平板、というわけでもなく、主人公クローズが頼りにする親族(兄の妻の父)で、自宅に入念な自作の防犯システムを設置する元警視のボブ・コリスのキャラクターなんかなかなか印象的だ。
(しかし、主人公とこの元警視の関係は、どことなく、あのフレドリック・ブラウンのエド・ハンターとアンクル・アムを思わせるものがある。)

 創元文庫版400ページ以上はちょっと厚めだが、パワフルな勢いでいっきに読了。土地の秘密の正体は(中略)という気もしないでもないが、段階を踏んで真実を見せていく良い意味での焦らし方は悪くなかった。
 警察が介入してこないのが不自然に思えかけた辺りのタイミングで、一応のイクスキューズを用意する手際もぬかりなく、全体的によくできた作品。
 悪役が主人公カップルを苦しめるために用意してきた<あるもの>も印象的。

 全体的に優等生の作品で、細かいことを言えば序盤~前半の描写で前振りしたネタがいくつか忘れてないか? という箇所もないではないが、まあその辺は読む側の解釈で補えるレベルではあろう。
 オールドスタイルの英国冒険小説ながら、フツー以上に面白かった。まあ予期していた方向で、中身は期待以上とホメておく。

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