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ミステリの祭典

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ポイントブランク
女王陛下のスパイ!アレックス シリーズ

作家 アンソニー・ホロヴィッツ
出版日2002年12月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2021/03/17 23:30登録)
今回のアレックスの任務はある実業家の息子に成りすまして、世界有数のエレクトロニクス会社々長と元KGB将軍2人の不審死の謎を探ることだ。
他人の息子に成りすまして謎多き寄宿学校に潜入するというホロヴィッツは今回もこの14歳の少年スパイという特殊設定を存分に活かしたストーリーを用意したというわけだ。

そしてエンタテインメント・ジュヴナイル小説として実に王道を行く内容でそこここに少年少女をくすぐるようなアイテムが織り込まれている。

更には007の本歌取りは今回も踏襲されており、上に書いたようにアレックスが渡されるアイテムの中にスキー・スーツがある時点でお馴染みの雪山でのアクションがお約束通り繰り広げられる。スノーモービルを操る警護兵にアレックスがスキーではなく手製のスノーボードで逃げるのは現代風だ。
更にはヘリコプターで逃げるグリーフ博士も007シリーズではもはや定番と云っていいだろう。それを阻止するためにアレックスがジャンプ台を利用してスノーモービルを逃げようとするヘリコプターにぶつけて爆破するのも007のみならず多数のアクション映画で観たシーンであり、この辺りはあまりに定型的すぎるとは感じたが。

さて今回の敵ヒューゴー・グリーフ博士の野望、ジェミニ計画とは各国の権力者、実業家、大富豪の不肖の息子達に成り代わって更生した息子達としてそれら息子達瓜二つに整形した自らのクローンを送り込んで、将来彼ら両親の跡を継いで世界の実権を握ると云うものだった。
この計画は本当に上手く行ったのだろうかと疑問がある。さすがに親ならば顔や姿形が瓜二つであっても違いには気付くだろう。ポイントブランク・アカデミーで預かる子供たちの年齢が14歳であるのは2,3年で親元を離れ、大学生活を送ることを想定してのことだろうか?つまり違和感を覚えても24時間一緒に暮らすのはせいぜい2,3年だから発覚しないだろうと云う思惑があってのことだろうか。いやそれでもしかし計画に無理があると感じずにはいられない。

また007のオマージュと云えばジョーズとかオッド・ジョブやニック・ナックといった個性的な怪人が現れるが、本書ではポイントブランク・アカデミーの女性副校長エバ・シュテレンボッシュ女史がそれにあたる。なんせ女性でありながら風貌はゴリラそのもので5年連続南アフリカの重量挙げチャンピオンである怪力を誇る。つまり通常の男性は格闘では歯が立たず、アレックスもまた手も足も出ないほどに叩きのめされる。

またアレックスのいわば目の上のタンコブ的存在のMI6局長アラン・ブラントが相変わらずスパイに対して非情な態度を示すのに対して―アレックスがSOSを送ってもしばらく様子を見ようとして、半ば見捨てるような発言をする―、秘書のジョウンズ夫人がアレックスに同情を示すようになったのが大きな変化だ。今後ジョウンズ夫人がアレックスの隠れた支援者としてどのように関わってくるのかも気になるところだ。

冒頭の麻薬売人の派手な捕物シーン、他人への成りすましのための訓練とそこで出遭ったお嬢さまとの恋愛ニアミス、そして悪の巣窟への潜入捜査、そこからの脱出に巣窟への襲撃と囚われの息子達の救出と敵たちとの戦いと殲滅。更に意外なところで再び現れた敵との戦いと頭から尻尾までぎっしりと餡子が詰まったエンタメ小説。本当にホロヴィッツは本家007を忠実に擬えてこのアレックス・ライダーの物語を綴っている。
読書好き、アクション映画好きの少年少女たちがこのアレックス・ライダーシリーズが思い出の作品になっているのかは不明だが、彼ら彼女らを愉しませようと計算して作られているのは解る。しかしその教科書通りの展開は水準ではあるが突出した何かを残すものではないのが残念だ。

スパイという身分を偽り、時には非情な判断を下す稼業を14歳という若さで就くことになったアレックス・ライダーがいつまでその実直さを保てるのか。死と隣り合わせのスパイという職業をカッコいいだけでなく、道具のように扱う上司もあしらうことで大人の世界の汚さも見せるこの作品はある意味思春期の少年少女達の大人への通過儀礼の意味合いもあるかもしれない。

いややはりそれは考え過ぎだろう。この明らさまなまでにエンタテインメントに徹したアレックスの活躍をただただ愉しむのが吉だ。
純なスパイ、アレックスの次回の活躍を愉しみにしていよう。

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