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ミステリの祭典

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ヴェニスを見て死ね

作家 ハドリー・チェイス
出版日1980年02月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/03/16 22:26登録)
(ネタバレなし)
 1950年代の半ばのロンドン。アメリカ大使館のそばの豪邸に住む青年ドン・ミックレムは、親が遺した巨額の財産と190cmの健康な肉体に恵まれたアメリカ人で、社交界の花形。ドンは所用からヴェニスにある別宅に向かおうとするが、出発直前に大戦中の戦友である英国人ジョン・トレガースの妻、ヒルダが訪ねてきた。戦後はヴェニスでガラス工芸の会社を営むトレガースは英国とイタリアを行き来していたが、このひと月、現地にいるはずの彼から音信不通。なぜか当局や大使館は調査を渋っているという。ヒルダからヴェニスに行くのなら夫の様子を見てきてもらえないかと頼まれたドンはこれを快諾し、忠実な執事チェリーとともにヴェニスに向かうが、そこで彼を待っていたのは予期しない陰謀と凄惨な事態だった。

 フランスの1954年作品。
 なお現状のAmazonだと邦訳書は1980年の刊行になってるが、実際のポケミスの発売は1974年の9月。

 英国作家(一時期フランスに在留)のチェイスが、フランスでの新作出版時に使った別名義レイモンド・マーシャルで出した15番目の長編。

 この少し前にポケミスに入った『フィナーレは念入りに』は「レイモンド・マーシャル(J・H・チェイス)」の作者名標記で邦訳出版されたが、それじゃあまり売れなかったためか、今回はズバリ、チェイス名義で日本で刊行された(この時期の創元では、チェイスの翻訳はイケイケで出ていた)。

 親の遺した財産のおかげで金持ち、美人秘書や有能な従僕たちに囲まれた主人公ドンの設定は、のちのエイモス・バークか神戸大助の先駆みたいだが、当時はこういう絵に描いたような快男児ヒーローも支持を得たのであろう? シリーズ化された気配はないようだが。

 ヴェニスに渡ってからも、前述の有能な執事、現地の事情に通じた専用のゴンドラ漕ぎでナイフ使いの名人、元コマンド兵士の運転手のトリオを手下に、友人を危機から救い、事件に巻き込まれた無実の人々の敵を討つため大暴れする。桃太郎かバビル二世か。
 ちなみに冒頭で出てきた美人秘書はすぐ話の表から退場し、壁の花にすらならないのが笑う。

 勢いで突っ走るノリの物語で、後半のひたすら長い追跡劇(追っかけたり、その逆になったり)はよくぞここまで書き込んだというか、大局的には起伏もない大筋で飽きる、というか微妙なところ。評者はギリギリ楽しめた感じだが、ダレる人も出てきそう。
 
 ちなみにこのポケミス、版権独占契約でないため巻頭に原書刊行年のクレジットがなく、さらに巻末には訳者あとがきも解説もなく本文が終わってそのまま奥付なので、作品の書誌的な素性がまったく見えないという困った一冊。おかげで21世紀になって「世界ミステリ作家事典」が刊行されたり、webでのデータベースが充実してくるまでその辺の不満は持ち越された(評者がなんかリファレンスできる資料を見落としていたらアレだが)。
 さらにポケミスは人名一覧で結構なネタバレ、(そのキャラのあとあとで判明する正体をいきなり記載とか)してあるダメな編集。どうも太田博~長島良三編集長時代の早川はこういうところが悪い意味でゆるめだった印象がある。

 評点はもろもろのことを踏まえて、ちょっとおまけしてこの点数で。

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