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ミステリの祭典

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サイボーグ・ブルース

作家 平井和正
出版日1974年09月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/03/13 16:50登録)
(ネタバレなし)
 科学技術が大きく発達しながら、人類の意識は旧来とそう変わらない未来。「私」こと若くて優秀な黒人刑事アーネスト・ライトは、犯罪組織の手先である悪徳警官に高熱の熱線銃で撃たれて死亡した。だが彼は、宇宙船一隻が建造可能な予算を費やして、全身がほぼアンドロイドのごとき、高性能のサイボーグ特捜官として復活する。それから7年、根強いレイシストの侮蔑にさらされ、同時に内面では、もはや普通の人間でない現実に葛藤し続けるライトは、順当にサイボーグ特捜官としての実績を積んでいく。しかし腐敗した警察と暗黒街との癒着は改善されることなく、そのために無辜の市民の犠牲が出たとき、ライトはついに辞職を決意するが。

「SFマガジン」に1968~69年にかけて連載。1971年に早川書房から初の書籍が刊行された平井和正の初期長編。
 周知の通り、1965年にさる事情から不本意な形での終焉を迎えた平井原作のSFコミック『8マン』へのセルフオマージュとして書かれた作品。現在のwebで情報を探ると『8マン』そのものを小説化という構想が起点だそうだが、その辺りは筆者は知らない。

 いずれにせよ、以前から作者が本作については「8マンへのレクイエム作品」という主旨の言葉を用いているので、いつか読もうとは思っていた。数十年前に購入しておいた角川文庫版を少し前に蔵書の中から引っ張り出しておいたので、このたび読んでみる。

 一読してみると大枠で長編小説なのは間違いないが、作中では別個の事件が順々に起きる構成で、連作短編作品的な側面も強いのに軽く驚いた。
 しかも最初のエピソードで警察を辞めたライトが次に出会う事件が、金持ちの美女のヒモ亭主的な立場になった、酒好きの若手作家との友情エピソード。平井和正が私淑していた作家三人のひとりがチャンドラーだということはもちろん知っていたが(あとの二人は山本周五郎とアルフレッド・ベスター)、こうまで露骨に『長いお別れ』リスペクト編を綴っていたのかとぶっとんだ。とはいえSFミステリとしてのアレンジの仕方はなかなか興味深く、そこは当時の平井の恣意、あるいは掲載誌「SFマガジン」の場の力を感じる。
 続く事件のネタも、ああ『8マン』からだな、とか、のちの『ウルフガイ』に続いてゆく文芸だな、とか、平井ファン(現在では評者はそんなに熱心な読者ではないが)には興味深い部分も多い。

 いずれにしても全体としては、平井作品のなかでもっとも、SFビジョンと捜査ものクライムミステリの成分がとけあった作品ではあろう。
 まあ、ジャンルとしてはSFハードボイルド分類だけれど、主人公ライトの振幅する内面はけっこう明け透け。その意味では感情描写を排した<ハードボイルド>というより、やっぱり平井版のチャンドラーなんだけれど。(相応に、大藪春彦の影響も受けているとも思うが。)

 物語はインターバル編(これだけ主人公ライト以外の挿話)を一本挟んで5つの章で構成。のべ6パートで語られている形になる。
 ここではあまり詳しいことは言えないが、作者は最後のひとつまえの本筋の第四章でハードボイルドミステリ、あるいはチャンドラーへの義理を果たし、最終章の第五章で自分が選択したSFジャンルへの傾斜を語ったという感じ。
 正直、かなり予想外で虚を突かれた思いのクロージングではあったが、一歩引いて見るなら、作者の意図は理解できる……ような気もする(特に、これは20~40代の平井和正がその年齢のなかで書いた作品なのだろう、という観測も踏まえて)。
 これは自分の人生のなかで、もう少し早く読んでいたら、だいぶ見方が変わっていたかも。久々に、そういう思いの本に出会った。

 最後に、作中には60~70年代の現実の文化を投影したものがあまり登場せず、そもそもこの物語が何世紀の設定か(20~21世紀からどのくらい先か)すらはっきりしない。
 以前に平井は別の作家との談話で、自作の小説をいつまでも古くさせないためには、とにかく作中から時事的な風俗描写、その時代の文化描写(未来SFならそういうものを反映させた叙述)を一切、排除すること、と語っていたが、本作はまさにその作法をストイックなまでに実践しており、かなり驚いた。なるほど確かにその効果は大きく、21世紀の現在読んでも、意外なほどに作品の鮮度は高い(細部のすべてまでとはさすがに言えないが)。
 昭和の香りがするかび臭い作品なんかもつねづね大好きな評者だが、今回は仕様を演出した小説ならではの、ある種の力のようなものを、改めて実感した思いがある。評点は0.5点ほどおまけで、この数字に。

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