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ミステリの祭典

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白日鬼
別題『孤島の魔人』

作家 蘭郁二郎
出版日2000年05月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2021/03/12 03:37登録)
(ネタバレなし)
 その年の晩秋の土曜日。「私」こと若手作家の河村杏二(きょうじ)は、行きつけの喫茶店「ルージュ」の店内で美しい娘を見かけ、心惹かれる。その名も知らぬ娘がいわくありげな文書の紙片を残していったのを、気にする河村。その直後、通りを歩いていた河村は近所のビルの上階から銃声を聞き、ビルの管理人、近所にたまたまいた警官とともに中に入り、密室ともいえる状況の中で射殺された死体を発見する。やがて事件は、数百年前の秘宝が眠るという伝承が残る伊豆近海の孤島「兜島」にからむ連続殺人劇へと発展してゆく。

 戦前のミステリ同人誌(のちに商業誌)「探偵文学」(のちに「シュピオ」に誌名変更)に、1936年10月号~37年3月号にかけて連載された長編。
 1941年に『孤島の魔人』の題名で書籍化されたが、現在は光文社の『「シュピオ」傑作選」』に連載版の題名で一挙掲載されているものが、一番簡単に読める。当時の挿絵も再録した丁寧で有難い編集で、当然、評者もこれで今回、読んだ。本作だけで文庫版280~290ページの紙幅だから、まずまずの長さといっていいだろう。

 不勉強な評者は、作者・蘭郁二郎については、本当に名前を見知ってる程度の知識しかなかったので、このたび『「シュピオ」傑作選』での作者解説を読み直して、戦中に若死にされた去就なども改めて意識した。
 本作はその蘭が遺した数少ない長編ミステリで、ジャンルを分類すればスリラー風味のフーダニットパズラーという内容である。

 冒頭の殺人などは特に施錠された空間、というわけでもないが、複数の証人を前に殺人の前後に怪しい人物の姿などは特になかったこと、さらには現場に残された拳銃と死体の弾痕が合致しないなどの謎が地味に興味をひく。
 さらに以降の事件では、乱歩か横溝のスリラー編なみの派手な死体出現の演出と、それに合わせたちょっとトリッキィな創意も用意されている。
 くわえてシンプルな叙述ながら<ほぼ同じ時間に、同一人物が遠方の場所にいた?>という不可能興味まで登場してくる。
 正直、それぞれの真相は、あまり大きな驚きを期待されても困るレベルだが、読み手を楽しませようという作者の熱意は十分に認められるもので、好感度は高い。
 
 また事件の流れは、主舞台のひとつである兜島の秘宝伝説にちなみ、骨董品のジャンル=専門的なトリヴィアにも接近。これに加えて、東京から伊豆の洋上にある兜島への行状も旅情的に語られ、ちょっとしたトラベルミステリーの趣もあって、なかなか退屈しない。

 惜しむらくは、先に書いたように解決がややヤワいのはまだしも、ラスト、事件の真相の多くを(中略)という形式で晒していること。
 実は本作には途中から、主人公・河村の恩師で60歳前後の博覧強記の大学教授、春日井泰堂という人物が登場。どことなく横溝の由利先生あたりを想起させるキャラクターで、たぶんこの人をもっと名探偵っぽいポジションに置きたかったのだが、それをやりかけて中途半端に終わってしまったような気配がある。
 作者が戦後もご存命なら、もしかしたらこの春日井教授は良い感じのレギュラー名探偵になっていたかもしれない。ちょっともったいない。

 全体としては、とびぬけて特徴的な際立った得点要素はない作品だが、ミステリファンの心の琴線に触れるような小中のポイントはそれなりにあり、まずまず楽しめた。
(特に真犯人の動機というか犯行の背景の文芸は、妙な情感を煽る面もある。)
 書かれた時代も踏まえて、佳作くらいには認めたい一編だと思う。

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