home

ミステリの祭典

login
エッグ・スタンド
漫画

作家 萩尾望都
出版日1985年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2021/03/05 10:26登録)
 第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツ軍占領下のパリ。
キャバレーの踊り子ルイーズは、ある日公園で殺害された死体を熱心に見つめる少年・ラウルと出会い、行くあてのなさそうな彼と暮らしはじめる。
 数日後、キャバレーの近くでテロがあり、二人は身を隠しにきたレジスタンスの活動家・マルシャンに出会う。その直後、マドレーヌ近くのホテルで親仏派のドイツ人・ロゴスキーが射殺された。クッションを消音にして後ろから頭に一発。在仏ユダヤ人リストを受け取る筈だった彼がラウルと一緒にいるのを見たマルシャンは、ルイーズに惹かれる気持ちと少年を疑う気持ちの両方から、二人のアパートに潜り込む。
 こうして、三人の不思議な同居生活が始まった・・・戦時下ながら平和で楽しい日々。しかし、ルイーズの部屋に貼ってあったニューヨークの絵葉書が剥がれ落ち、ベルリンの宛先をマルシャンに見られてしまう。ルイーズはパリ娘ではなく、ドイツから亡命してきたユダヤ人だったのだ。そこから三人の運命は、少しずつ暗い方へと流れていく――

 雑誌「プチフラワー」昭和59(1984)年3月号掲載の100P中篇。最高傑作の一つとされる十数P短篇「半神」と並び、第Ⅱ期作品集では指折りのキツい作品(A-A´シリーズや「偽王」も重いテーマだが、あれらはまだ異世界というクッションがある)。これら中短篇群の発表はほぼ同時であり、どれも非常に充実している。初期に見られる線のデリケートさや鮮やかな白と黒のコントラストはもう無いが、題材への切り込みや心理描写の確かさ、人間ドラマはこの後もさらに深化していく。翌1985年、男ばかりの社会での女王バチ殺しを描いたSF大作『マージナル』連載により、本格的に第Ⅲ期へ突入する以前の作品である。
 〈愛も殺人も同じもの〉と語る純粋無垢な少年ラウルは次々と殺人を重ねるのだが、その根底にはある行為によって生じた自己の存在への不安感がある。そのため彼は初めて涙を流したあと、閉じ込められたヒヨコが殻を突付くようにその操り手をも屠り去り、彼を救おうとするマルシャンに抱かれるようにして射殺される。ノルマンディー上陸の噂が流れ、ナチスが敗勢にある事から1945年の冬、4月30日にベルリンが陥落する直前の出来事だと思われるが、語られるストーリーは果てしなく暗く重い。ラウルを取り巻く卵が、最終的にこの世界全体とわれわれ自身に被ってくる。
 戦争による異常犯罪に留まらない、現代にも通じる普遍的なテーマ性を持つ中篇と言える。発表から32年を経た2017年3月1日、劇団スタジオライフ倉田淳の脚本・演出により初舞台化された。

1レコード表示中です 書評