home

ミステリの祭典

login
クリストファー男娼窟

作家 草間彌生
出版日1984年05月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2021/02/25 19:14登録)
日本を代表する前衛アートの女王である。しかし、この人小説も書いていたりするのだ。この本は表題作の他に「離人カーテンの囚人」「死臭アカシア」の3編を収録した短編集である。いや草間彌生、作品タイトルが実に独特で、カッコいい。「マンハッタン自殺未遂常習犯」とか「聖マルクス教会炎上」とか「ウッドストック陰茎斬り」とか、見るからに業が深くて「暗黒!」な世界の期待が深まる、というものだ。
アートの方でも、この人特有の幻視から来るイメージが、病的なんだけど実は一般性がある、というあたりに、実に絶妙なバランスがあるわけだが、小説も同様。ヘンリー・ミラーを連想するシュルリアリスムもあれば、耽美小説とも読めるし、この人固有の病的な幻視・幻覚描写と、性への反撥と固着のアンビバレンツ...と、中井英夫や赤江瀑の系譜の暗黒文学の資格十分の小説である。

「クリストファー男娼窟」は「野性時代新人文学賞」を獲った、小説としては一番有名なもの。コロンビア大に留学中の香港出身の女子学生ヤンニーは、貧乏な学生たちの男娼のアルバイトを斡旋する売春地下組織「パラノイアック・クラブ」を作り上げていた。その一人でヤク中で身を持ち崩した黒人の美青年ヘンリーは、ヤンニーに紹介されたユダヤ人の小金持ちに一週間600ドルで売られる。ヘンリーはそのユダヤ人と閉じこもった山荘で、どんでもない事件を起こす...ヤンニーとヘンリーは逃亡の果てに、幻想のエンパイアステートビルを登っていく

夜目にも光る銀色のコーヒーは、ヘンリーの男の中身まで、銀色に染めてしまった。ヘンリーの内臓が、蛾の羽からこぼれた粉によって変色してしまうと、ボッブは再びすりよってきた。開かずのドアの内側も多分銀粉で染まっているにちがいない。

いや文章の禍々しさが期待通り、というものである。もちろん草間の単身ニューヨークに渡って「前衛の女王」の名をはせた70年代の体験から作り上げられた血みどろの幻想譚である。
その次の「離人カーテンの囚人」は草間の生い立ちに取材した作品で、鉄道自殺に終わる大変悲惨な話なんだけども、自伝の「無限の網」とか読むと、悲惨さはかなり誇張して盛っていて、これほど悲惨ではない。小説だもんね、「暗黒のシンデレラストーリー」くらいに読んでいいと思う。放蕩の果てにヤクザに食い物にされる父と、その人間の屑のような夫に執着し続ける母との間に、望まれもしないのに生まれた子供たちの一人として生を受けた少女キーコ。親からのネグレクトと折檻から身を守るのは絵を描くことと「離人カーテン」で心を殺すことだった。キーコはこの両親の諍いの板挟みの只中で初潮を迎えた...

白茶色の海のような壁紙の中から、キーコの眼球の奥に、チューリップの花が無数に連なって湧き出てきた。見ればいくらでも出てくる。やがて、チカチカと点滅を繰り返しながら、窓の曇りガラスまでこびりついてきた。彼女は驚いて窓に近よってみた。ガラスの上に湧き上がる花を手でなぞった。すると手の上でもチューリップは無数に増殖していき、手の形さえ、その影の内側に埋没して消えていく。

いや草間彌生のアートの方に親しんでいると、本当にこの描写がアートを連想させて、「この人、ホントに『選ばれて』いるね」と感じさせる。とはいえ、精神病的な描写の理解不能性と、小説としての理解可能性のバランスが、アート同様にきっちり取れていて、意外なくらいに破綻していない。これが不思議なくらいの話でもある。まあだから、エンタメとして読んでも、そうそう不当、ということにもならないと思う。暗黒文学の一つとして、楽しんでいいと評者は考えている。

1レコード表示中です 書評