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ミステリの祭典

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琥珀色のジプシー
ローマン・グレイ

作家 マーティン・クルーズ・スミス
出版日1985年08月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2021/06/29 19:54登録)
 ニューヨーク・マンハッタンで起きた古美術品運送車同士の衝突事故。運転手は双方とも即死したが、この事故にはもうひとつの惨劇が隠されていた。現場に散乱した美術品に混じって、若い女のバラバラ死体が出てきたのだ!
 容疑は片方の運転手である死んだジプシーの男、ナヌーシュ・プルネシュティにかかった。彼の無実を信じる一族はその魂(ムロ)の安らぎのため、ナヌーシュの雇い主でイースト・サイドで古美術店を営むジプシー、ローマン・グレイ(ロマノ・グリ)を動かし、死者の汚名を晴らしてくれるよう頼むが――
 『ゴーリキー・パーク』の著者が、流浪の民とアンティークの世界を巧みに結びつけて描く異色サスペンス。大都会のエトランゼ、ジプシー探偵グレイ登場!
 これは拾い物。1970年発表の処女作 "The Indians Won" (インディアンの勝利)に続いて翌1971年刊行されたローマン・グレイものの第一作で、文庫で260P程と薄手ながら非常に充実。エスニックなジプシー文化の魅力は勿論、アンティークの修復知識にちょっとディック・フランシスを思わせるアクションと対峙、警察小説のエッセンスと手掛かりが押し込まれ(ここで使い捨てるには勿体無いくらい)、いずれも高い密度で楽しめる。
 これにニューロティックスリラーを落とし込んで纏めた贅沢な闇鍋、と言ったらいいか。『ゴーリキー・パーク』はザラ読みしたきり手を付けていないが、個人的にはこちらの方が遥かに興味深く面白い。
 ブレイクこそ『ゴーリキー~』を始めとするアルカージ・レンコ・シリーズだが、Simon Quinn、Nick Carter、Jake Logan、等の別名で様々なタイプの小説を書きまくっていたスミスが本格的に認知されたのは、アリゾナのインディアン居留地を舞台にホピ族保安官補を主人公に据え、吸血コウモリと人間との戦いを描く1978年度アメリカ探偵作家クラブ賞候補作『ナイトウィング』から(この時の受賞作はウィリアム・H・ハラハン『亡命詩人、雨に消ゆ』)。母方からプエブロ・インディアンの血を引くこともあって、本質的にはトニイ・ヒラーマンなどと同じくマイノリティ視点の作家であり、本書でもその特質は十二分に生かされている。
 ジプシー仲間から脅し混じりに懇請され、イヤイヤながら相手側の運転手を雇っていたボストンの骨董品収集家、ホディノット・スローンの懐に入り込むグレイ。金庫の手紙から被害者の名を突き止め、ホディノットを警察に逮捕させる。彼はジプシーたちからの称賛を受けるが、頭の中では四本ともねじ曲げられたスローン邸のベッドの柱と、そこから三十センチ足らずのところで円を描いて回る、悪魔の首の警告が気に掛かっていた・・・

 「お前は自分がアメリカ人だと思ってるのかね。もしそうだったら、大ばかだよ」(中略)
 「自分がジプシーだと思うのをやめ、別の人間だと考えるようになったら、いいかね、ロマノ、その瞬間にお前はもう死んでいる」

 ジプシーのフリ・ダイ、セリエ・ミエエシュティの警告通り中盤からストーリーは急展開。血塗られた招待状を受け、ニュー・ハンプシャーの平原にある湖のなかの小島で、ローマンと真犯人との生死を賭けたサバイバルが始まる。短いながらも読み応えある作品で、採点は諸要素分を0.5点ほどおまけして8点。

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