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ミステリの祭典

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カリブの監視

作家 エド・マクベイン
出版日1967年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/02/15 21:16登録)
(ネタバレなし)
 1960年代。ある朝、フロリダ州の珊瑚礁列島の一角、キーラーゴ島からそう遠くない海辺の町「オイチョ・プエルトス」が、武装した一団に占拠される。元海軍軍人ジェイスン(ジェイス)・トレンチをリーダーとする数十人の集団は狂信的な過激派の愛国者集団らしく、町にある8軒の家の住人を脅迫して制圧。何事かの計画を進めるが。

 1965年のアメリカ作品。
 大別してエヴァン・ハンターとエド・マクベインの二つの筆名を主に使い、ほかにいくつかのペンネームで著作していた作者。そんな当人が、この時点まででほぼ「87分署シリーズ」専用だったマクベイン名義で書いた、ほとんど唯一の(ごく初期にもう一冊あるという説もアリ?)ノンシリーズ長編。その意味で稀有な作品である(70年代半ばからマクベインは、当のペンネームを割と出し惜しみなく、87分署以外にも用いるようになるが)。

 評者は、87分署シリーズにハマった少年時代(嫌な子供だね)に、唯一のマクベイン名義のノンシリーズものというこの作品の素性を知り、都内の古書店を歩き回って、絶版・品切れだった本書を入手した記憶がある(ますますイヤな子だね)。
 とはいえ例によって、釣った魚に餌もやらないアレなミステリファンなのでその後、何十年も家の中に放ったらかしにしていた。
 そんな長い歳月のなかで、さほど世評で、これが隠れた幻の名作とか、知られざる佳作、とか、格段、聞こえてこなかったのも、放置する一因だったような気もする(ヒトのせいにするなって? いや、ごもっとも~汗~)。

 そこでまた今回、気が向いてようやくページをめくってみたが……いや、予想以上に面白いじゃないの!
 物語は、何やら不穏な計画を進めるトレンチたち愛国者集団の視点、それに一方的に巻き込まれたオイチョ・プエルトス住人たちの視点、その二つを主体に語られていくが、さらに映画のカットを細かく割るように、ほかの離れた場所での描写も、いくつかの流れで織り込まれる群像ドラマ。当然、トータルの登場人物の総数もかなり多い。

 全体像が見えてこない読者は焦らされるし、ミステリとしては種々の局面のサスペンスに加えて、大きなホワットダニットの興味が湧くのだが、その辺りでの並行するストーリーの捌きぶりは、さすが巨匠マクベイン、ため息が出るほど上手い。特にページ数が残り少なくなるなかで……おっと、ここはナイショにしておこう。
(なんというか、全体的には、のちの80年代に隆盛するジャンル越境ミステリ=ニュー・エンターテインメント分野の、かなり早い先駆という感じもある。)

 特に唖然としたのは、過激派愛国者集団の本当の狙いが明らかになるのと前後して、ようやく読者の前に明かされる<ある人物の過去のとある経緯>で、実はここらへんの筆致が、思ってもいなかったほどに熱いし、重い。
 昭和の国産社会派ミステリ、そのさる系譜に通じる部分があるね(こう書いてもたぶんネタバレにはなってないと思うが……)。
 評者などは、くだんの部分をたぶんかなりの力を込めて書き込んだのであろうマクベインの心境を想像し、それと同時に、物語の前半で読みながらなんとなく感じていたある種の摩擦感というザラザラした気分も引いていった。
 ミステリというか、小説として作品の相貌が、最後の最後で滑らかに変わっていくような、そんな趣が快い。

 21世紀のいま読むと、全体的に力みすぎて、細部の詰め込みすぎな印象もないではないが、60年代当時のアメリカはこういう作品が必要とされて、呼び込まれた時代だったのだとも思う。

 半世紀前の時代と寝たミステリノヴェルという形質も含めて、今後はさらにマイナーな作品として忘れられていくかもしれない一冊だが、力作なのは確か。
 マクベイン=ハンターの代表作のひとつにあげてもいいと思うよ。
(それでも8点でなく7点なのは、まあ……なんか……あったんだろうな……と、察していただければ幸い~笑・汗~)

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