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ミステリの祭典

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拳銃売ります

作家 グレアム・グリーン
出版日1952年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 クリスティ再読
(2022/03/07 17:59登録)
兎唇に生まれ父は絞首刑、母は自殺と世の中の不幸を一身に背負ったようなギャング、レイヴンは依頼を受けてヨーロッパ某国の大臣を暗殺した...ロンドンに戻ったレイヴンはエージェントから報酬を受けるが、そのカネは金庫破りで紙幣にアシがついた金だった。追われるレイヴンは自分をハメた男チャムリーとその黒幕への復讐を誓って、イギリス北部の町ノトウィッチに赴く。その途中でレイヴンと関わり合った娘アンは、レイヴンを追う刑事マザーの婚約者でありながら、次第にレイヴンの復讐に関わっていく...

グリーンのエンタメテイメントでも、代表的な作品と言えるだろう。実際、この筋立てならば、ホントにノワールらしいギャング小説なんだよね。しかし、グリーンだからこそ、各人物の心理描写が独自であり、それぞれがそれぞれを裏切りる痛みを抱えながら、活劇として結末まで転がっていく小説である。
言い換えると、ギャング小説の中に「罪と許し」といったカトリック的主題が乱入してきているようなもので、実際そういう宗教的要素が逆に「ギャング小説」が備えている「モノガタリの原型」を露呈するような瞬間というのが、確かにある。
だから「ギャング小説」と「宗教的主題」がそれぞれを「裏切り」ながら絡み合って互いに侵食しあう「逆転の小説」とも言える。追う者は追われるものに、裏切りゆえに愛され、ワルモノは聖者に...さらに、そこに社会的なテーマも加わってきて、このレイヴンが依頼された暗殺事件が、戦争をわざと引き起こすためのきっかけに利用されるものだ、というような背景も本書が書かれた第二次大戦直前の緊迫した状況も反映している。

なので、かなり多面的な小説である。筋立てを追うのもよし、悲惨な生い立ちのレイヴンをダークヒーローとして捉えるのもよし、登場人物の相互の裏切りの話として「人間の悪」に思いを寄せるのもよし。それでも、評者は、

彼は自動拳銃を手にして、流しの下にじっと坐ったまま泣きだした。泣き声は立てなかった。涙が蠅のように、自分勝手に、目の隅から流れ落ちるようだった。

こういう表現に打たれる。レイヴンの復讐は意図せず結果として、世界を戦争の瀬戸際から救うのである。
(ひょっとして「蠅」は「縄」の誤植か?まあ、どっちでもナイス)

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