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ミステリの祭典

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狙撃者

作家 谷克二
出版日1978年08月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/02/09 06:13登録)
(ネタバレなし)
 1974年12月20日。スペインの首相カルロ・ブランコが暗殺される。ブランコは、30年以上にわたってスペイン国内に圧政を敷いた独裁者フランシス・フランコ総統の派閥であり、この暗殺を機に同国の改革が内外から期待されるが、結局は、いったんは一線を退いていたフランコ総統の現役復帰という結果につながった。一方で元過激派戦士の日本人青年・龍村敏は、前身を隠してパリに在住。亡命スペイン人・アントニオの一人娘マリアを妻にして幸福で平穏な日々を営んでいたが、ある日彼はその愛する家族を奪われる。マリアとアントニオの仇が、現状のスペインの独裁体制だと見定めた龍村は、コードネーム「ファルカン(隼)」を名乗る暗殺者として、標的=フランコ総統に接近するが。

 1970年代半ばから20世紀の末まで小説家として活躍しながら、21世紀は事実上絶筆。2010年代の前半までは地方テレビの出演者として活動したらしい谷克二。
 2020年代の現在ではほとんど忘れられた作家であり、本サイトにも今日まで作家名の登録すら無かったが、主に海外を舞台にした謀略小説、狩猟冒険小説などをふくめて著作の総数は20冊以上に及ぶ。
 本作はそんな谷の処女長編で、先行する短編作品で当時の読書人の反響を呼んだ作者が「野性時代」1978年4月号に、これを一挙掲載。のちに加筆修正して書籍化した(評者は今回、文庫版の方で読了)。

 1980年代の国産冒険小説ルネッサンスのなかで、本ジャンルのファンの目にはそれなりの評価を得ていたはず(?)の谷の諸作だが、特にシリーズキャラクターもなく(と思うが?)、また映画化なども皆無なため、志水や船戸、北方、谷恒生など同世代~やや後輩の人気の前にその存在感が霞んでいった印象がある(とはいえ船戸なんかも、実は映像化作品は少ないんだよな)。

 いずれにしろ、本作は作家生活が四半世紀にわたった谷の、初期の代表作。
 あらすじを読んでいただければわかる通り、ズバリ、フォーサイスの『ジャッカルの日』を意識した和製作品である。

 文庫で本文300ページ弱の紙幅だから原稿用紙にすれば400枚くらい? ワープロやパソコンが普及する80年代の後半以降なら、さらにあと数割はボリュームアップできたのではと思える設定で筋立てだが、その分、内容はシェイプアップ。物語のコンデンス感が読み手の緊張を快く刺激して、作品は期待以上にかなり面白い。

 ネタバレになるので詳細は避けるが、主人公・龍村の過激派戦士時代の過去にからむ挿話が中盤のひとつの山場になり、さらにそんな事態の顛末が大筋のクライマックスへと繋がっていく構成など、なかなかよく出来ている。
 さらにスペイン体制側の捜査陣にも『ジャッカル』のクロード・ルベルに相応するライバルキャラクターが設定されており、この人物が暗殺計画の実態に迫る手がかりの暴き方も、まるでクロフツの倒叙もののような段取りで、ニヤリとさせられる。

 まあ意地悪くイヤミを言えば「しょせんは『ジャッカル』の和製エピゴーネン」と切って捨てることも可能かもしれないが、<愛する者のための復讐心の昇華>という文芸を背負うことで原典のジャッカルと差別化された主人公・龍村の造形、そして本作独自の細部の趣向の豊富さなども踏まえて、読み終えた際の満足感はかなり高い。
(一部、先が読めてしまう部分がまったくないわけでもないが。)

 物語の大設定もふくめて、どうしても旧世紀の旧作という感覚もついて回るが、国産冒険小説史のなかで記憶の一端にとどめておきたい秀作だと評価。
 機会を見て、この作者の作品は、良さそうなものをまた手に取ってみようと思う。

 末筆ながら、本作は角川春樹が「野性時代」を主舞台に設けた小説賞「角川小説賞」の第五回受賞作品作品。そういえば昔、そんな賞があったな、と思ってWikipediaで調べてみると1974~85年と(文学賞としては比較的)短期間、開催された企画だったみたいで、受賞作は以下の通り。

第1回 (1974年) 赤江瀑 「オイディプスの刃」
第2回 (1975年) 河野典生 「明日こそ鳥は羽ばたく」
第3回 (1976年) 森村誠一 「人間の証明」
第4回 (1977年) 山田正紀 「神々の埋葬」
第5回 (1978年) 谷克二 「狙撃者」(※本作)
第6回 (1979年) 田中光二 「血と黄金」
         笠井潔 「バイバイ、エンジェル」
第7回 (1980年) 赤川次郎 「悪妻に捧げるレクイエム」
         山村正夫 「湯殿山麓呪い村」
第8回 (1981年) 小林久三 「父と子の炎」
         谷恒生 「フンボルト海流」
第9回 (1982年) 泡坂妻夫 「喜劇悲奇劇」
第10回 (1983年) 矢作俊彦&司城志朗 「暗闇にノーサイド」
第11回 (1984年) 北方謙三 「過去・リメンバー」
第12回 (1985年) 中津文彦 「七人の共犯者」

 ……いやはや、今から見ると、その天晴れなまでの玉石混交ぶりに腹を抱えて笑いたくなるラインナップであった。これもまた時代の息吹、だよね。

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