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ミステリの祭典

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禽獣の門
赤江瀑短編傑作選 <情念編>

作家 赤江瀑
出版日2007年02月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 クリスティ再読
(2021/02/06 10:58登録)
光文社文庫の三冊のアンソロの2冊目。情念編だけど、赤江瀑、どの短編も「幻想」で「情念」で「恐怖」だから、このアンソロ三冊のそれぞれの個性がある、というほどでもない。それでもこのアンソロというと、表題作の「禽獣の門」が本自体の「重し」になっているようにも感じられる。

短編「禽獣の門」って、本当にヘンな作品なのである。梗概をまとめてみて、評者も正気には思えない。
能の家元の家に生まれて後継を期待されながら「能がつまらない」と家を出た春睦は、デザイナーを職業としつつ妻の綪(あかね)と山口県の漁師町に取材を兼ねた新婚旅行の中で、離島に取り残された...その島で、春睦は妻ともども、若くたくましい漁師に凌辱される。その漁師の背に遺された傷跡は「丹頂鶴」によるものだ、と知った春睦は、妻を振り捨てて丹頂鶴に憑りつかれ、兄弟のように育った後見の雪政とともに、中国山地の寒村に怪物のような丹頂鶴を追い求める。その丹頂鶴を目撃した春睦は、能の家に復帰して新作能「鶴」を初演するが....そこである事件が起きる。
いやこの内容で文庫70ページほど。長めの短編、というか中編には短いか、くらい。テーマはダジャレじゃなくて真面目に「官能と能」。

六月の街を洗いあげる光線はつよく、全身にその鮮烈な刷毛目を浴びてここへ逃げこんできた時の彼女の様子には、どこか昂奮しきった小動物を想い起こさせるところがあった。皮膚の奥深いところで、まだ燦然たる六月の街並みはキラキラと喧騒を伝え交わし、肉の内側で、硝子粉をまきちらしたような無数のきらめきがが余燼をくぶらせていて、彼女は完全に落ち着きを失っていた。

こんな華麗な文章で書かれてしまうと、つい魔法にかかってしまう。いや、読んでいるうちはこの辻褄が合ってて合ってない話が、納得して読めるのである。これが赤江瀑の凄みである。これほどヘンな話でも、イメージの鮮烈なつながりに説得力があるために、ヘンが変に見えないのである。

「蜥蜴殺しのヴィナス」は「兄の失踪と家の謎」で話を釣っていくわけだから、手法としては完全にミステリなんだが....昭和39年に来日したミロのヴィナスの乳房に這う青蜥蜴と、見知らぬ男の脇腹にナイフを突き立ててそのまま失踪した兄。同時に起きたこの2つの「映像」が少年だった主人公に深い傷を与えた。主人公は成人して、ミロのヴィナスの「失われた腕」に囚われたこの一家の因縁を解明する...それでも真相は「ミステリの解決」からは遠いものだ。「アンチ・ミステリ」でもなくて、言ってみればこういう淫蕩な「傷のイメージ」に「ミステリ」を逆用したようなものなのだ。しいて表現を探して「逆ミステリ」とか赤江瀑を思うと、評者は腑に落ちる。

この他「雪華葬い刺し」「シーボルトの洋燈」「熱帯雨林の客」「ライオンの中庭」「ジュラ紀の波」「象の夜」「卯月恋殺し」「空華の森」を収録。やや長めの短編が多い。
ミステリをミステリでなく「使って」鮮烈なイメージを紡ぎだす、というあたり、意外に小栗虫太郎あたりに近いんじゃないか...なんて思う。いやミステリマニアこそ、赤江瀑を読むと「ミステリという文芸」を相対化するような視点が持てるのではないか、なんて秘かに推薦したく思う。

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