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ミステリの祭典

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魔女の館

作家 シャーロット・アームストロング
出版日1996年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2021/01/27 06:31登録)
(ネタバレなし)
 1960年代初頭の南カリフォルニア。31歳になる大学の数学講師エリフ・オシー(愛称「パット」)は、同僚の生物学教授エヴェレット・アダムズの学舎内での不審な行動をみとがめた。車でアダムズを町外れまで追いかけたパット。だがパットは、逆に相手の反撃をくらって車は大破し、自身は負傷する。そんなパットを介抱したのは、郊外の邸宅にひとりで住む、近所から「魔女」と呼ばれる老婆ミセス・ブライドだった。だがさる事情から精神の平衡を欠いていた老婆は、傷痍状態のパットを自分の息子ジョニーだと頑迷に誤認(盲信)。解放も外部への連絡も許さなかった。一方でパットを殺してしまったと錯覚したアダムズは、いずこかへと出奔。そしてパットの若妻アナベルは、夫の行方を捜索するが。

 1963年のアメリカ作品。
 数年前、廃業間際のブックオフ某店で、在庫処分ということで10円で購入した創元文庫版で読了。しかしたまたま現状のAmazonを見ると、古書がとんでもないプレミア価格になってるな(嬉・驚)。なんか申し訳ない(笑・汗)。

 大設定からアームストロング版『ミザリー』みたいな内容(こっちの主人公パットは創作物の執筆の強要なんかは、されないが)かと予想していた。
 が、実際に作品を読んでみるとそういう趣向は確かに大設定の一角を形成するものの、むしろメインヒロインにして実質的な主人公のアナベル、さらにはアダムズの家族(特に女子大生の娘で、パットの教え子でもあるヴィーことヴァイオレット)の方に描写のウェイトは大きく置かれる。
 くわえてアダムズの美人の後妻(つまりヴィーの継母)セリアと、その双子の兄セシルがメインキャラクターとなり、それぞれの希求や思惑で動いて物語を転がしていく。
 正直、そちらの叙述の方にばかり力点がおかれ、サプライズやサスペンスもそっちばかりが担うので、「魔女」ことミセス・ブライトに監禁されたパットという文芸は、本当に必要だったのかなあ? もっと形をかえたシンプルな主人公の苦境シチュエーションでもよかったんじゃないの? と思わされた面もある。

 とはいえくだんのアナベル、ヴィー、それに兄妹側のドラマは、とにもかくにもストーリーの軸となるだけあってじっくりと描き込まれ、さすがに強烈なテンションを発揮。
 ストーリーの前半で覚えたある種の違和感も、中盤以降のサプライズというかショックの布石になっていった。
 結局、トータル的には、やはりアームストロングの円熟期の作品。十分に楽しめる。

 なお個人的に細部で興味深かった場面は、教授ふたりが同時にいなくなって騒ぎになりかける大学構内の描写で、うわついた学生のひとりは、理系の教授たちが東側に亡命したのだと勝手に憶測。そういう今の目で見るとぶっとんだ発想も、当時はごく日常のもの(?)だった冷戦時代ならではの空気を感じさせてくれた。

 あとは性善説作家のアームストロングらしく、人間の悪い面も弱い面もそなえながら、最後にしっかりとポジティヴな方向への切り返しを見せてくれる某サブキャラの描写がすごくいい。イヤミや皮肉でなく、真顔でこういうキャラ造形ができる筆致に作家の胆力を実感して、そっと微笑んでしまった。

 ちなみに創元文庫巻末の小森収の解説は、この時点までに翻訳されたアームストロング作品全部を読み込んで、その作家性を俯瞰した、とてもパワフルなもの。
 アームストロング作品の諸作をつまみ食いしている評者なんかとても太刀打ちできず、黙って拝読するばかりの一文ではある(汗)。アームストロング作品がサスペンスというより、ガーヴ風の<軟派の冒険小説>だ、という物言いにも実にうなずける。
 ただしそれでもあえて言うと、一部、結論から始めて書いてしまってるんじゃないの? という見識の部分もなくもないような……。
(具体的には、アームストロングが本質的に性善説作家だという見地にはまったく異論はないが、一方で、完成度の高い悪役は造形できない~『疑われざる者』が凡作、というロジックの立て方とか。)
 まあこの辺は、評者自身が、もっともっとアームストロング作品を読んでから、また改めて。
(もちろん『毒薬の小壜』の激賞とかには、まったくもって同意なんですけれどね。)

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