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ミステリの祭典

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印度の奇術師
獅々内俊次

作家 甲賀三郎
出版日不明
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2021/01/15 05:34登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の兆しがふたたび翳り始めた、昭和十年代の半ば。その年の11月、訓練空襲警報が鳴り響く東京の一角で「昭和日報」の青年新聞記者・獅々内俊次は、怪しい気配の外車を目撃した。獅々内が追跡すると、停車した車内からはインド人らしき男の射殺死体が見つかる。しかしその被害者の遺体には、意外な痕跡が。

 昭和17年に刊行された作品で、甲賀三郎のレギュラー探偵のひとり・獅々内俊次ものの第五作目の、そして最後の長編。昭和17年以降の甲賀は国内の戦時色が濃くなるなか、ほとんど探偵小説執筆の機会を絶たれ、そのまま昭和20年の2月に終戦を待たず他界した。だから本作は日本のミステリ史に多大な功績を遺しながら活躍期間は決して長くはなかったその甲賀の、晩期の主な作品のひとつということになる。

 評者は今回、ミステリマニア向けの自費出版も行う古書店・盛林堂書房が2015年に刊行した<デジタル復刻版>で読了。
 評者は2015年当時、甲賀作品全般に大した素養もない(今でも似たようなものだが~汗~)まま、とりあえず希少そうなので少部数限定の復刻本を購入。そのまま積ん読にしていた。
 それで数日前、部屋の蔵書の山の中でこの本が「そろそろ読んでくれよ」と恨めしそうにしているのが気になって、つい手にとってみる。
 
 そもそも評者は(その名探偵としての勇名ぐらいはさすがに知っているものの)、獅々内俊次ものの実作を読むのは、コレが初めて。名作と聞く『姿なき怪盗』すら未読という体たらくだが、そんな一見の自分でも結構スイスイ読める。それくらい本編のリーダビリティは高い。
 なにより会話の多さは破格もので、中盤での獅々内と彼の上司である尾形編集長が事件を整理して語りあうところなんか、ほとんどト書きすら不要なシナリオのダイアローグのごとし! である。

 かたや事件の方は、もともと獅々内が取材に向かおうとしていた変人科学者の案件に、殺害されたインド人のとある意外な事実&奇妙な謎などが絡み、さらに不可思議な人間消失? 的な興味までが劇中に頭をもたげてくる。
 ただしストーリーは不可能犯罪的なパズラーの趣にはあまり向かわず、むしろ作品そのものが書かれた時局に似つかわしい、国策的なアッチの系列のジャンルに染まってしまう。コレはまあ当然……というところか。

 実のところ、ストーリーそのものはテンポもよく、物語の起伏も豊か。だが後半になって、そこに行くまでに抱え込んだ物語要素を捌くため、どうしてもお話がゴチャゴチャしてきてしまう。それゆえ読んでいて、最後の方なんかはかなりキツい。
(ただそれでも、謎解きミステリの要素に食い下がろうとした姿勢は最後まで感じられ、その辺りはなんか、面白いとか良かったとかいうより、時代を超えてこちらの胸を打つ。)

 一歩引いたメタ的な見方をするなら、国策的な作劇につきあわざるを得なかった<戦時下に放り込まれた戦前の探偵小説の名探偵>の苦闘を偲ぶべき一冊かもしれない。んー、やはりその意味では、本作を読む前にもっと獅々内シリーズの主だった事件簿に目を通しておくべきだったかもしれん。
 いつかまた、ディープな甲賀ファンの感想なども、改めて伺ってみたいところではある。

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