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ミステリの祭典

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夢野久作全集6
ちくま文庫 夢野久作全集

作家 夢野久作
出版日1992年03月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 クリスティ再読
(2020/12/29 10:12登録)
ちくま文庫夢Q全集でも日本国外に題材を得た作品を集めた巻。「氷の涯」「死後の恋」あたりが有名作になるのだけど、いやいや夢Q、話題になりづらい作品もやたらと面白いのがある。舞台はそれこそ、シベリア出兵中の哈爾浜「氷の涯」、白露が集まる浦塩「死後の恋」同じく浦塩の娼館の「支那米の袋」、釜山やら半島の爆弾漁を題材にした「爆弾太平記」、セントルイス万博日本館の展示に随行した大工vsギャングの「人間腸詰」、第一次大戦中のヴェルダン要塞攻防戦が舞台の「戦場」...夢野自身がほぼ海外渡航歴がないことが信じられないほどに、インタナショナルというか無国籍なセンスが面白い。そりゃ玄洋社の幹部政治家がオヤジだったこともあって、それこそ大陸浪人やらなんやの話はよく聞いていたんだろうけどもね。しかし、インテリの本から入る海外体験とはまったく別な回路の、身一つの庶民が遭遇する「異国」の奇々怪々な事件の面白さを堪能できる。
いやだからこそ、インテリ崩れの哈爾浜駐屯軍本部の当番兵主人公の「氷の涯」よりも、腕一本の大工の体験記の「人間腸詰」の方が面白いし、半島の沿海で横行するダイナマイトを使った爆弾漁を摘発して失脚する宮仕えの主人公よりも、リンチに遭って爆弾漁の漁師を廃業して主人公に情報を提供する老漁師の復讐の壮烈さがずっと主人公らしい(爆弾太平記)。庶民には余計なアイデンティティがないから、変幻自在に生業を変え国籍を変え融通無碍に、世界を押し渡るのである、これこそ冒険、というものだ。
だから貨物船の機関長とその貨物船の「乗客」として「麻雀を密輸入して学資にする」学生との対話、であるかのように見える「焦点を合せる」は、学生が白露の将軍の秘書から、ゲーペーウーの「遊離細胞」でその女スパイの愛人で幹部、さらにその女スパイ青紅嬢自身、いや実は日本の参謀本部による二重スパイ..機関長自身も日本のスパイ船からゲーペーウーの海上本部へと、そのアイデンティティを変転させていく。「自分が何であるか」なんて、本当にどうでもいいことなのだ。この変身のスピード感は、あたかも野田秀樹の芝居を見ているかのようだ...
夢野久作は決して海外を舞台にして小説を書いたのではないのだろう。夢野にとって、異国とは自ら自身であり、自らを異邦人であり亡命者であり漂泊の民であり、その他ありとあらゆる化外の民へと変身しうる、何でもなれれば、どこにも存在がない「謎の人物」であったことの結果に過ぎないのでは...なんてね。

個人的には「ココナットの実」の残忍な童話らしさが、好き。いや、夢Q、信用だけは、しちゃいけないよ(苦笑)

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