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ミステリの祭典

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生けるものは銀

作家 三好徹
出版日1981年04月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点
(2021/08/16 07:28登録)
 東洋新聞社航空報道部のパイロット・神野保彦のもとに、ある日勝沼と名乗る正体不明の男が訪ねて来た。彼は喫茶店でケースに詰まった二千万円の現金を見せ、会社を辞めある仕事を請け負ってくれればこれを進呈すると言う。即座に断る保彦だったが、やがて彼の周囲に不気味な黒い影が・・・。舞台は日本と香港・マカオ。文革期の混乱に揺れる中国大陸を背景に、二十数年前の大戦が残した遺産に絡む陰謀がくりひろげられる、冒険スパイ小説。
 昭和四十四(1969)年講談社刊。『帰らざる夜』などと共に、『聖少女』での直木賞受賞とほぼ同時期に執筆されたスパイ物だが(初版巻末に『帰らざる~』の宣伝広告アリ)、受賞作とは異なり軽い筆致でスラスラ読める。かなり印象が違うので、もっと後年の作かと思ったくらい。読了後に発行年を確認して驚いた。
 ただし良い意味ではなく内容は薄手。戦時中にこれもパイロットであった父・武彦を航空事故で喪った主人公と、彼がプロポーズする恋人の父親で会社社長の滝口淳平、旧軍関係という糸で結ばれたこの二人を脅迫する謎の組織の存在をバックに話は進むのだが、脅迫対象である箱入り娘のヒロイン・滝口美紀の印象が薄いため、読者にはイマイチ彼らの焦りと切実さが伝わらない。ストーリーのテンポはなかなかいいが。
 舞台が香港・マカオに移るのも全体の2/3以降。ここから更に香港と中共との国境・勒馬洲(ロクマチョ)に潜入し、深圳河(シャムチュン)を渡り美紀の実の父・高永正を亡命させる淳平パートと、かつて武彦が墜落した干潮時の砂浜に再び危険なフライトを試みる保彦パートとに分かれるので、それだけ書き込みも薄くなってしまう。二人を別々に行動させる狙いも定石の範疇で、準黒幕格の人物 "マオ" の正体もバレバレ。良いのはハードボイルド風に纏めたラストの独白くらいか。
 陳舜臣『銘のない墓標』でも語られた大陸との位置関係から香港が被る影響と、世界への出口としての重要性は窺えるが、作品自体はさほどの深みもなく4.5点程度の出来。

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