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ミステリの祭典

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死はひそやかに歩く
久須見健三

作家 生島治郎
出版日1969年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/11/16 16:26登録)
 実の父親を求めて春をひさぐ少女。家族を探すために密入国した中国人。アル中の元プロレスラー。薬に溺れた自暴自棄の少年。横浜で海のブローカーたるシップ・チャンドラーを営む久須美のもとには、なぜかトラブルと心の傷を背負いこんだ人間が迷い込み、そのたび彼は事件に巻き込まれていく。荒々しい港街を背景に、人間の生きざまを生々しく描き上げた連作ハードボイルド。
 初版は1969年東京文芸社刊。著者のハードボイルド処女長編『傷痕の街』の続編である。今回読了したケイブンシャ文庫版では章立ての体裁になっているが、もとは各々独立した短編集。特に第三章は本書の形で纏まるまで、「淋しがりやのキング」として自選傑作集『鉄の棺』他、少なくとも二度単行本に収録された著者の会心作である(前年1968年に徳間書店から上梓された、同タイトルノベルス版の詳細が不明なので、確言は出来ないが)。
 〈左脚と愛する部下と、それから恋人を失ったあげく〉元町通りの社屋から、南京町の二階屋にひっそりと基地を移した久須美健三が、次々舞い込む港ヨコハマの揉め事に望まぬながらも関わっていく、といった筋立て。三十三歳で不具の身となってから少なくとも十五年以上が経過し、主人公も五十代に差し掛かかっている。いくらか前作のネタを割るような記述も散見されるので、やはり順序立てて読むのが望ましい。
 収録されているのは全四編。ミステリとしてさほど凝ってはいないが、それぞれに特徴的な主要人物を据えた上で、高いリーダビリティで回す印象的な短編ばかり(密輸事件が主体の第二章のみ少々弱いが)。その第二章もちゃっかりした事務所の家主・徐明徳や、久須美に想いを寄せるただ一人の社員・三島景子などキャラの立った脇役で〆ており、良い意味で映像化向きの作品と言える。
 大鹿マロイを思わせる心優しきメキシコ人元プロ・レスラー、チコの存在と、ラストシーンで床に落ちたハートのキングにキャラを二重写しにする第三章が出色ではあるが、歪められた父娘関係が悲劇を齎す第一章や、母親の執念に絡め取られた少年の再生を描く第四章も、そう引けは取らない。
 『黄土の奔流』が生島のベストという確信は揺るがないが、"キマり過ぎ"た紅真吾にリアリティの喪失を感じる向きには、一歩引いたスタンスの久須美健三の方が、より好ましく思えるかもしれない。

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