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ミステリの祭典

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天衣紛上野初花

作家 河竹黙阿弥
出版日1997年08月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2020/09/17 23:34登録)
半七捕物帳の「春の雪解」がこの「河内山」を下敷きにした話、というのもあって、黙阿弥を取り上げたくなった。天保六花撰、河内山宗俊と片岡直次郎の話で、いわゆる三千歳と直侍「雪暮夜入谷畦道」でもある。
まあ考えてみれば、黙阿弥というのは、江戸のカッコイイ悪党どもの総卸元みたいな存在である。鼠小僧しかり、白浪五人男、三人吉三....と日本の文芸に強烈な影響を与えた大文豪であることは言うまでもない。歌舞伎でも世話物だから、庶民の生活やフランクな言葉遣いを活写し、しかも芝居の台本だから、心理描写はすべてセリフと動作を指示したト書きに畳み込まれていて...と「ハードボイルド」みたいに読んでも面白いことを発見した。いや江戸時代にホント、ハードボイルドがあるんだって。

(乗った駕籠を抜き身の侍に襲撃されて)
宗俊「駕籠屋、駕籠屋。今光ったのは....星が飛んだのか」

とトボケてうそぶく。まさにハードボイルド風警句。

実際、本作の主人公河内山宗俊は、お茶坊主でありながら不良御家人たちの親分となって、江戸の裏社会に隠然たる実力を養い、偶然耳にした松江侯に軟禁された腰元を救出するために、一肌脱ぐ。これが前半の大きな見せ場。いわば職業的恐喝者なんだけど、江戸っ子の理想を体現したアンチ・ヒーローなのである。寛永寺からの使者に化けて、松江侯の邸に乗り込んで、腹芸の呼吸で腰元を解放する...のだけど、身元がバレてしかも動ぜず「ばかめ!」で、見事松江侯からタカりとる。
うん、今に直してみれば、不良公務員が大企業の不祥事に付け込んで、税務署の査察のフリをして恐喝するような事件のわけだね。このリアルな「市井の事件」感と、リアルなんだけども際立ったアンチ・ヒーロー性が、ハードボイルドという印象につながっているように思うんだよ。
後半は半七の「春の雪解」の元ネタの三千歳と直侍。河内山の子分で松江侯事件でも一役買った不良御家人の直次郎(直侍)は、花魁の三千歳と恋仲だけど、悪事が露見して江戸から逃亡しようとしていた。しかし入谷にある廓の寮(別荘)で療養する三千歳と一目会って...というエピソード。雪の夜を舞台にしたしっとりとした場面が続く。直次郎は悪党だけど色男で、江戸の粋を体現している。寮に出入りする按摩を介して文を届けるとか、その按摩に会うのが蕎麦屋とか、「春の雪解」がこの場面のいろいろな要素を利用して組み立てられているのが、あらためて読むとよくわかる。

まあこの作品、舞台は江戸時代だけど書かれたのは明治になってから。芝居の台本だから市井の口語で話が進むわけで、今読んでも難しさは感じずに、楽しんで読めるようなリーダビリティのいい作品である。

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