ロセンデール家の嵐 |
---|
作家 | バーナード・コーンウェル |
---|---|
出版日 | 1991年09月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 雪 | |
(2020/11/05 13:44登録) 十二世紀に血塗られた剣でもってイングランドのデヴォン渓谷を領有して以来、チューダー朝の迫害にもめげずカトリシズムの信仰を守ってきた伝統ある名門、ストウィ伯爵家。だがその第二十八代当主ジョン・ロセンデールは、窮屈さへの反発から責務を捨てて出奔し、三十四歳の今日まで愛艇〈サンフラワー〉を駆って世界の港を放浪する日々を送っていた。 そのきっかけは彼が〈太陽のかけらをかすめとったかのような〉ゴッホ初期の逸品、「ストウィのひまわり」を盗んだ疑いを掛けられたことだった。「ひまわり」には、窮迫した伯爵家を救うに足るほどの価値があったのだ。だが絵は売却される直前、ジョニーの管理していた銃器室から忽然と消え失せていた。名家の家運は決定的に傾き、身に覚えのない彼は一族郎党の白い目に耐えられず、一隻のカッター(一本マストの小型帆船)と共に海へと逃げ出したのだ。 母危篤の知らせを受け、四年ぶりに帰国したジョニーに世間は冷たかった。臨終間際の母にさえ罵られ、双子の妹エリザベスは敵意を剥き出しに「絵はどこにあるのよ?」と責め立てる。彼を暖かく迎えてくれそうなのは、かつて命を救ってくれた親友チャーリー・バラットくらいのものだが、彼は折悪しく不在だった。 故国に失望したジョニーは再び海へ向かおうとするが、そこで彼は係留された〈サンフラワー〉へのふたりの侵入者と、おびえた眼に涙を浮かべた女性に遭遇する。それがジョニーと勝気な美女、ジェニファー・パラビチーニとの邂逅だった・・・ 1989年発表。原題"SEA LOAD"(海の貴族)。ナポレオン戦争時代の英雄・シャープ少佐シリーズに代表される冒険歴史・海洋小説の書き手だった著者が、『殺意の海へ』に続いて発表した二作目の現代海洋もの。同時に、紛失した時価二千万ポンド(1990年当時のレートで約50億円前後)の名画「ひまわり」を巡る、変形の誘拐ものとしても出色。 いきなり始まる海洋描写はマクリーンばりの重厚さでビビりますが、それも冒頭20Pほどで後は通常モード。海と共に生きてきた主人公も陸(おか)に上がれば只のカッパで、心意気は立派なものの殺されかけて泣き喚いたり、成功した友人に全面的に依存したりと、情けなさの方が目立ちます。全五部もある物語の2/3以上がそんな感じ。ボヘミアン気取りの卑しさはありませんが、特に頭が切れる訳でもなく行動も場当たり的で、こいつ大丈夫かなと思ってしまいます。それが第三部で恋人共々敵の罠にハマり、死線を彷徨って以降徐々に変わってくる。 守るべきものが生まれ、さらに「復讐」という目標を得て、いかなる理由であれずっと逃げ続けてきた男が、海の知識の限りを尽くし独力で戦闘のプロに立ち向かってゆくようになる。第五部、主人公が敵の指示から相手の狙いを読み取り、裸同然の小舟で悪党ギャラードに奇襲を掛ける、チャネル諸島水域での死闘は読み応えアリ。それまでのひ弱さとは完全に決別しており、あとがきにある"女王陛下のヨット乗り"の資格十分。幕切れもよく出来ていて、黒幕の正体プラスそれとは別の意外性で纏めています。 やや分厚く全てが硬質という訳ではありませんが、最後に一気に盛り上がる良質な冒険スリラーで、その読後感を含め〈海のディック・フランシス〉と言い切っていいでしょう。1991年度第10回日本冒険小説大賞受賞作。ちなみに二、三位はスティーヴン・キング「IT」と、マイクル・クライトン「ジュラシック・パーク」でした。 |