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ミステリの祭典

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でぶのオリーの原稿
87分署

作家 エド・マクベイン
出版日2003年11月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2024/04/20 05:23登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月。アイソラ市の市議会議員で、今後の市長候補とも目されるレスター・アンダーソンが、講演のリハーサル中に何者かに射殺された。88分署の一級刑事で悪評で有名なオリー・ウィークスが初動で先に現場に来た特権で、この大事件の担当となるが、彼は現場に到着した際に車の中から、書籍一冊分の原稿の入ったアタッシュケースを誰かに盗まれてしまう。その原稿は、自分に物書きの才能があると自負していたオリーが、実際の捜査活動を下敷きに相応のフィクション要素を加味して書き上げた、警察小説形式の長編ミステリであった。レスター殺しの捜査を87分署の二級刑事スティーヴ・キャレラに事実上任せて、自分は大事な原稿の行方を追うオリー。一方、87分署には三級刑事バート・クリングの別れたかつての恋人だった二級刑事アイリーン・バークが、転属でまた舞い戻ってきた。アイリーンは、三級刑事アンディ・パーカーと組んで、麻薬売買の事件を追うが。

 2002年のアメリカ作品。
 87分署シリーズの第48番目の長編。評者はシリーズの流れでいうと40番台のものがほぼ未読。その辺は数冊しか読んでない。とはいえオリーの初登場作品(第28番目の長編『命ある限り』だっけ)は読んでおり、アメリカ警察小説版ドーヴァー警部が出てきた! みたいな当時の印象は、いまでもよく覚えている。
 今にして思えば当時のマクベイン、マルティン・ベックシリーズでいうなら、あの(日本でも、世代人のミステリファンに当時、超人気キャラだった)グンヴァルド・ラーソンみたいな、とんがった一匹狼風のサブヒーローを作りたかったんだろう?
(ちなみに本書の訳者あとがきで、作者マクベインは最近になってオリーを登場させた、とあるけど……いや、初登場から本作の時点で、すでに四半世紀経ってたよね!? 既存の長大なシリーズを全部読破してから新作の翻訳にかかってほしい、とまでは言わないにせよ、せめてメインキャラの基本情報くらいはマスタリングしてほしい。無策な編集者にも問題はあるが。)

 1950年代から活躍のキャレラはいまだ40歳。一方で湾岸戦争やら炭疽菌事件やらビン・ラディンやAmazonの話題やら出て来る不思議時空で、作者のその居直りっぷりには笑ってしまうが、まあこのシリーズはこれでいいのだ、というのは受け手万民の共通見識であろう?
 そんな傍らで『キングの身代金』や『大いなる手がかり』そのほかの旧作での事件の話題が出てくると、それはそれで嬉しくなる。かたや、読んでない分の作品のなかで、おなじみの某キャラクターがすでに退場していたらしいと初めてここで知って、軽いショックを受けたりもした。

 ミステリとしては、レスター殺人事件、奪われた原稿探し、そして麻薬事件の三つがモジュラー式に展開。中でもオリーの書いた長編小説の現物は、その一部が作中作として本文のなかにも登場し、作中の登場人物にも妙な影響を与える(これくらいまでは書いてもいいだろう)。
 とはいえ今回のローテーション主人公に据えられたはずの肝心のオリーの言動が、実際にはあまりはっちゃけず(そのことは訳者も残念がっていたようだが)、全体にどうも冗長。むしろフツーにちょっと変わった真相が明らかになる、レスター殺害事件の方が面白い。三つの事件がバラバラで終わるか、何らかの相関や錯綜があるかは、読んでのお楽しみで。

 で、東西オールタイムミステリ史上、屈指の(中略)キャラ、バート・クリングと、アイリーンみたいな元カノヒロインとの再会の図は、自分のような下世話なファンにはかねてより見せてもらいたかった趣向(本当は二代目ヒロインのシンディ・フォレストとの再会の図が見たかった。初代ヒロインのクレア・タウンゼントとは別の意味で、クリングと<再会>させてあげたかった~どういう形になるか具体案はこっちから出せないが)。
 で、ハラハラかつどこか悪魔的な興味で、両キャラの対面の成り行きを見守るが……いや、クリングかっこいい! 出会って付き合って半世紀近くになって、またちょっとスキになってしまったぜい。
 一方のアイリーンもヘイトキャラに貶めず、disったりもせず、マクベイン、大人だねえ、と感服。ここではソコまで書いておきます。
 
 作品全体としては、読む前の期待値の高さには、満足のゆくほどには応えてくれなかった一冊。キャレラの奥さんテディの描写などの細部で点を稼いだり、先のクリングとアイリーンの叙述などを加味して、そこそこ楽しめはしたけれど。

 あと、レスター殺しの殺害に関して現場の図面が入るけれど、これが真相の明かされる直前に掲載されてちょっと面食らった。セオリー通りに事件の起きた直後、捜査が始まったすぐあとの場面から入れておけばいいと思ったりもしたが、作者はそういう作法には無頓着なようで、たぶんこれって、単にいつもの87分署ものの恒例の、図版ものギミックの一環だったんだろうね?

 トータルとしては「まあ、楽しめた」なのでこの評点で。
 シリーズファンとしては、順不同のつまみ食いながら、読んでおいてよかった一冊ではありますが。

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