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ミステリの祭典

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海王伝
海狼伝シリーズ

作家 白石一郎
出版日1990年07月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/09/08 06:05登録)
 原生林に蔽われた海抜三千尺をこえる紀州熊野の奥龍神集落。猟師たちの怒りを買い村払いの制裁を受けた熊狩り名人の息子・龍神牛之助は、杣師の杢兵衛に見送られ、果無の山嶺を越えて十津川郷の筏師頭・平八の元へと向かう。なんとか丸太試しに成功した牛之助は「しならい」の役目を与えられ平八の手もとに置かれるが、ここへも村八分の回状が送られてきた。
 平八はかれを逃そうと川を下り、熊野灘に面する新宮の港へ連れてゆくが、そこで退屈しのぎに作らせた筏船が潮に流され、牛之助は女を買いに出かけたお調子者の炊(かしき)・吉松とともに遭難してしまう。黒潮反流に乗って南へ流され、半死半生の状態で沖合に漂う筏を種子島沖で救ったのは、肥前の五島を船出して七日目になる船大将・三島笛太郎の黄金丸だった・・・
 前作から二年余りの間を置き、平成元(1989)年五月十四日から平成二(1990)年三月二十二日号まで、雑誌「週刊文春」誌上に連載された直木賞受賞作『海狼伝』の続編。タイトルこそ『海王伝』ですが内容的にはまだ序盤で、何度か海戦はするものの肝心の日明貿易は達成できず、流浪のシャム国王ナレスワンから羅字号勘合符を入手するまでで終わります。
 これは入国許可証みたいなもので、明国にある台帳と付き合わせて真物という事になれば、交易を許され帰国許可証の暹字号勘合符を渡されるそうですが、今回そこまで行っていません。幾つかの因縁も生じシリーズもまだまだこれからという所で作者の白石氏がお亡くなりになったのは、ちょっと残念。
 牛之助を拾った後、種子島で三十挺余りの大鉄砲を調達して琉球からシャム(現在のタイ国)のアユタヤへ。フランキ賊(ポルトガルやスペインなど、いわゆる南蛮人)の脱走奴隷、シャム人プラヤーを助けて通商面の不備を充実させます。動物たちの心が解る牛之助がプラヤーと笛太郎、両者の仲立ちをするのも面白いところ。
 ただ『海狼伝』ほどに魅力的な脇役はいない。異母弟・馬剣英が黄金丸に魅せられ、これを奪おうとした事から笛太郎は実の父・人見孫七郎こと明国海賊の頭目・馬格芝(マゴーチ)と対峙するのですが、孫七郎は過酷な拷問を受けて左足を失い、人格も痩せ細って凶悪さしか残っていません。対馬に残したままの妻や子供の事まですべて忘れ果ててしまっています。 やはり前作での宣略将軍・鴨打藤九郎のように、主人公を導く大きな存在であって欲しかったですね。両者の決着は付かないままなので、復讐に燃える麗花(ヨファ)の存在も併せ、たぶん続編の明国行きで完結する筈だったんでしょうが。
 不完全燃焼のまま終わっていて、色々な意味で惜しいシリーズ。同じく未完の『黒い炎の戦士』みたいに、息子さんがそのうち続編書いてくれないかな。

 付記:作中に登場するアユタヤ王朝第21代目の王、ナレースワンは現地では「大王」と称せられ、また「黒の王」とも呼ばれる存在。1584年にビルマの属国となっていたタイを独立させ、1600年には逆にビルマの都ペグーを陥としました。救国の英雄としてタイ三大王の一人に数えられています。身近な所ではムエタイの創始者という伝承もあります。

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