消えた心臓/マグヌス伯爵 |
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作家 | M・R・ジェイムズ |
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出版日 | 2020年06月 |
平均点 | 9.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 9点 | おっさん | |
(2020/08/02 17:47登録) 「ゴースト・ストーリーは突然に。」 いやあ、笑った、笑った。光文社新訳文庫から、南條竹則訳で出た、イギリス怪奇小説の巨匠M・R・ジェイムズのファースト短編集(原題 Ghost Stories of an Antiquary『好古家の怪談集』1904)の帯のコピーが、これですよ。 ♪♪あの日あの時あの場所できみ(悪いお化け)に会えなかったら~ ですかw オマケのエッセイ「私が書こうと思った話」を除くと、収録作は―― ①聖堂参事会員アルベリックの貼込帳(はりこみちょう) ②消えた心臓 ③銅版画 ④秦皮(とねりこ)の木 ⑤十三号室 ⑥マグヌス伯爵 ⑦「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」 ⑧トマス修道院長の宝 とまあ、創元推理文庫の、紀田順一郎訳『M・R・ジェイムズ怪談全集』全二巻、そのうち最初の巻で読んでしまっている話ばかりなわけなんですが、帯に負けて買っちゃいましたww いやしかし(ここでちょっとマジになる)、このコピーを考えた担当編集者は、凄いな。月9ドラマの「東京ラブストーリー」世代であることは想像に難くありませんが――そのドラマ主題歌が小田和正の「ラブストーリーは突然に」で、とか、説明するだけ野暮ってもんですが――、でもこれって、怪奇趣味全開ではなく、あくまで日常から入って行って尋常ならざる山場へ転調する、ジェイムズ怪談の特徴の一面を、うまく言い表しているんです。 それが顕著な例として―― 本書には、筆者がとりわけ気に入っていて、作者のベスト作ではないかとも思っている「トマス修道院長の宝」が入っているわけですが、この作を初めて読んだのは、忘れもしない、創元推理文庫は創元推理文庫でも、レイモンド・T・ボンド編『暗号ミステリ傑作選』で、でした(当該書での訳題は「トマス僧院長の宝」)。そう、純然たるミステリのアンソロジーに採られていたんですね。 実際、お話のほうは、途中までは確かに、十六世紀にドイツのさる修道院長が隠したとされる黄金のありかを示す、手掛かりを得た好古家が、現地に渡って暗号を解き、お宝に迫っていく、という冒険ミステリ的な展開を(不吉な予兆はありながらも)見せていくわけですが、クライマックスに至って、電撃的に、怪談としての本性を現すわけです。そう、まさに「ゴースト・ストーリーは突然に。」なんですね。 作者が怪談作法において重要とし、「クレッシェンド」(音楽用語で「次第に大きく」)と形容した、テンポの良い語りの技巧と、構成の妙が鮮やかな効果をあげており、今回、作者の手の内は重々承知のうえで再読してみても、その“瞬間”の到来には、息を呑む思いを味わわされました。 もし、国別に代表的な怪談作家を挙げるとしたら、アメリカはエドガー・アラン・ポーで決まりでしょうし、イギリスなら、やはり、このジェイムズになるだろうと思います。 かのポーが、明確な超常現象を描かずに怪奇を演出する(代表作の「アッシャー家の崩壊」にしても「黒猫」にしても、怪奇の対象は、じつは不明瞭なんですね。読者の想像の余地があり、そこがまた怖いし、新しい)手法を得意にしていたのに対し、ジェイムズは、あくまで正攻法で、対象を「幽霊」や「お化け」として実体化させます。新しいタイプの怪奇を創造するのではなく、ゴシック・ロマンス以降、ジャンルに内在していた要素を、語りの技巧でブラッシュアップし、完成形といっていいまでに高めた――それが、大学の学寮長を務めながら中世の学問文化を研究し、あくまで余技として怪談を書き続けた、M・R・ジェイムズなのです。 今回の新訳版では、ビジュアル・イメージが焼き付くような「消えた心臓」と、ジェイムズ版『吸血鬼ドラキュラ』ともいうべき――こちらは聴覚を刺激するような――「マグヌス伯爵」がカップリングで表題になっていますが、収録の八編にひとつとしてハズレはなく、高い水準を保っているので、読者ごとに「推し」作品が分かれそうです。筆者なら、そうだな、表題は『銅版画/トマス修道院長の宝』にしちゃうかなwww ファースト作品集にして、里程標。 創元推理文庫の『M・R・ジェイムズ怪談全集』は久しく絶版のようですから、ジェイムズ未体験の向きは、まずこれを手に取ってみると良いでしょう。 本格ミステリじゃないから興味が無い、ですか? もったいない。 ジョン・ディクスン・カーのファンには、とりわけお薦めなんですがね。カーの実作における、怪奇趣味の変遷をたどるうえでは、ジェイムズはマスト・リードです。 |