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ミステリの祭典

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海狼伝
海狼伝シリーズ 別題「ウルフたちの海」

作家 白石一郎
出版日1987年02月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/08/03 00:34登録)
 天正二(1574)年五月初旬、朝鮮と壱岐島の中間地点、玄界灘の北端に浮かぶ対馬島。対馬海峡に向って開く阿須湾東部の曲浦で、海女たちの手伝いを生計(たつき)として暮らす「大将」こと人見笛太郎は、後押しの最中磯の沖合にあらわれたジャンク船に見惚れ、夢中でそのあとを追いはじめる。そのジャンクは数十年前に朝鮮王に帰伏し王朝の中枢まで昇りながら、全てを捨てて日本に戻ってきた元倭寇、宣略将軍・李伏竜(イ・ボクリョン)こと鴨打藤九郎の船だった。
 やとい主である海女たちの怒りを買い仕事をなくした笛太郎。だが彼はそれにめげず、独自に〈流し帆〉の仕掛けを考案する。なおも「ジャンクに乗ってみたい」と語る笛太郎に、母のそでは八尺の赤褌と、〈瀬戸内でもその人ありと知られた船大将〉である父の形見の黄金の鎖を与え、将軍の元へと送り出した。母の実家の呼子家と鴨打家は、共に肥前上松浦に勢力を占める波多家代官五人衆の一人であり、藤九郎はそでの叔母を娶っていたのだ。
 笛太郎は南風(ハエ)と潮の流れを頼りに、ジャンク船に乗るため血縁の大叔父だという宣略将軍のいる府中へと一路、舟を漕ぎ出す。だがその将軍は青一色に染め変えたジャンク〈青竜鬼〉を御座船に、再び海賊働きを始めようとしていた・・・
 昭和六十二(1987)年発表。著者の白石は釜山の生まれで本籍は長崎県壱岐市。作家デビューは昭和三十(1955)年と司馬遼太郎より一年早いものの脚光を浴びるのは遅く、候補に挙がること実に八回にして挑戦十七年目、作家生活後期の本作でやっと第97回直木賞受賞を果たしました。なおこの時の同時受賞作は山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』。高橋泰邦と並ぶ存在で、こちらは海洋時代小説の第一人者として知られています。
 伝奇風の発端ながらこの作者らしい爽やかな小説。織田信長を中心とする戦国武将たちの角逐が時代背景ですが、それには依らず終始〈海の者〉の視点を軸としています。小舟を操る際の風向きや、潮の流れによる動きが感覚として理解できるのも、魅力の一つ。
 炊夫として〈青竜鬼〉に乗り込んだ笛太郎。武者に取立てられる代償に罪人に刀を投げ与え、一対一の勝負を試みる。それを咎めた宣略将軍の言葉が、かわいがってくれていた将軍の右腕・金崎加兵衛の姿を越え、ずんと笛太郎の心に残ってゆく。

「人間の多くは悪事を重ねる宿業を負うておる。そのことに目をそらすな。なまじ慈悲の心をおこし、小さな知恵に逃れて、天意にそむいてはならん」

 船いくさのさなか〈青竜鬼〉から転落し、朋友・雷三郎と共に瀬戸内村上水軍の一門・能島小金吾に拾われてより大きな世界に触れ、やがてはるか海の向こうに旅立ったという父親・人見孫七郎の存在を知る。さらに「これからは貿易じゃ」と嘯く小金吾に導かれて優れた技術者・小矢太を見出し、やがて二本帆柱の堂々たる交易南蛮船・黄金(こがね)丸を造りあげ、大海原へと乗り出してゆく。そして南海を目指す彼らの前に将軍たちの乗る〈青竜鬼〉が、最後の障壁として立ち塞がる・・・
 商才に長け、こと金銭には抜け目ないもののどこか憎めない能島小金吾。笛太郎生涯の盟友となる豪傑・雷三郎。三島宮三の巫女を務めるヒロイン・晴や一途に雷三郎を想う女傑・麗花(ヨファ)。そして主人公に将の何たるかを教え込み、海戦の果てジャンク〈青竜鬼〉と共に沈んでゆく、将軍と加兵衛。清々しい筆致で描かれた海洋ロマンの傑作で、点数は7.5点。

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