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ミステリの祭典

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マルドゥック・フラグメンツ
マルドゥック・シリーズ

作家 冲方丁
出版日2011年05月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/07/29 10:55登録)
 繁栄のモニュメント"天国への階段(マルドゥック)"を持つ近未来都市・マルドゥック市(シティ)を舞台に、禁じられた科学技術により再誕した自己の存在意義を問うため、人命保護を目的とした緊急法令「マルドゥック・スクランブル-09」に全てを賭ける委任事件担当捜査官チームの活躍を描く、マルドゥック・シリーズ初のプレ短編集。それぞれ地獄篇・煉獄篇・天国篇を成す長編三部作の第一弾『マルドゥック・スクランブル(発表は一番早いがパートとしては煉獄篇)』は、2003年度の第24回日本SF大賞を受賞し、著者の評価を飛躍的に高める代表作となった。
 人語を解する金色のネズミ型万能兵器(ユニバーサル・アイテム)ウフコック・ペンティーノと、『スクランブル』で彼と担当捜査官の科学者、ドクター・イースターに救われ、金属繊維による人工皮膚の全身移植を受けて卓越した体感覚と電子操作能力を得た元少女娼婦、ルーン・バロットの関係性がシリーズ全体の主軸ではあるが、本集ではそれ以前、煉獄篇の敵役ディムズデイル・ボイルドがウフコックの相棒を務めていた時期のプレストーリイ二篇中心の構成となる。
 これに加え『スクランブル』補完の前日譚とパイロット版、及び最終決戦に挟まるボイルドの『ヴェロシティ』回想シークエンス、更に完結編『アノニマス』の幕開きを予告する短編とその概要など、総体としてはやや纏まりを欠く内容。作品集というより豪華なファンブックに近い。ただし独立した二本の短編には、分単位のホテル買収劇を筆頭に、なかなか面白いアイデアが投入されている。
 書き下ろしとパイロット版以外は、おおむね雑誌「SFマガジン」誌上に2003年7月号~2010年12月号にかけて掲載されたもの。キリ番『マルドゥック・スクランブル』評へ向けての予行演習として読了した。
 富の輝きと各種の法的パワー・ゲーム、歪な都市原理の狭間でグロテスクに捻じ曲がった街、マルドゥック市。重要証人を保護するため、違法技術の使用を許された委任事件担当捜査官たちと、己の利益のためいかなる手段を用いても証人を抹殺しようとする暗黒街の住人とのせめぎあいが基本プロットとなる。
 最初の短編「マルドゥック・スクランブル"104"(ワン・オー・フォー)」では証人を匿うセーフハウスそのものが一寸刻みで敵対組織に〈買われ〉ていき、相手側は合法的に「私有地で軍事演習を行う」ことでウフコックチームを片付けようとする。タイトルは保護対象の女性アイリーンが所属する銃器撲滅団体の名称。これが枷となり、こちらは一切殺傷兵器が使えない。二百名にのぼる武装集団を相手に、果たしてどう立ち向かうのか。
 次の「マルドゥック・スクランブル"-200"」は軟体型サイボーグ(シェイプシフター)の殺し屋による連続殺人もの。多少捻った作品で、宗教に変質した詐欺紛いの疑似科学〈人体冷凍保存(クライオニクス)〉が動機の背後にある。なお、アリゾナ州スコッツデールに実在する「アルコー延命財団」の杜撰な管理体制は現在、大きく問題化している。
 書き下ろし作品「マルドゥック・アノニマス"ウォーバード"」は、とりあえずの顔見せ興行。『スクランブル』登場の最強ディーラー、アシュレイ・ハーヴェストの惨殺というショッキングな幕開けで始まるが、実の所は・・・。これと梗概篇「Preface of マルドゥック・アノニマス」を見る限り、『アノニマス』本編の構想はかなり大掛かり。アクション主体の群像劇でウフコックの死が描かれるようだが、あのカジノ篇を上回れるかどうかはまだ不透明。

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