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ミステリの祭典

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犬橇(いぬぞり)

作家 ジョゼ・ジョバンニ
出版日1987年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2021/01/27 11:42登録)
 自然を愛するあまり違法な狩猟者を射殺し、獄中生活を余儀なくされた男ダン・マーフィ。彼が住みなれたアラスカへ舞い戻ってきたのは、事件から五年後の冬だった。目的はアイディタロット1800キロ犬橇レース。毎年、数十組の参加者が争う危険きわまりないレースだ。ダンはあえて死を賭けた苛酷なレースに挑むことによって、もう一度生きる証を立てようとしていたのだ。激しい雪嵐、ライバルの妨害、飢え―― 数々の闘いが待ちうける雪原へ向かって、彼は橇犬たちを駆る! 仏暗黒小説の名手が厳寒の地アラスカを舞台に謳いあげる、鮮烈な男のドラマ!
 原題 "Le Musher" 。コルシカ生まれのノワール作家ジョバンニが主な題材としていたフランス暗黒街を離れ、あえて世に問うたアメリカ舞台の冒険小説で、『わが友、裏切り者』に続く12冊目の長篇(たぶん)。1978年発表。
 アンカレッジからノームまで千百六十九マイル、二十区間にわけられたコースを、ほぼ五十マイルごとにおかれているチェック・ポイントをクリアしながら、極北の原野を一日九十五キロ見当で完走しなければならないアイディタロット。橇犬の数は最大二十五頭ほどだが、代わりの犬をつなぐことは許されず、何頭脱落しようが失格したくなければひたすらゴールへ向かうのみ。優勝賞金は五万ドルで街中が熱狂するが、参加者からは死者も出るのだ。
 北極生物研究所の研究員としてマッキンリー山麓の自然公園に十五年間勤務しながら、仔持ちの白熊を撃とうとした有力者を射殺し妻に去られたびっこの男、ダン・マーフィーもこのレースに参加する。白人仲間につまはじきにされながらただ一人の友人ボブ・リーヴと、十歳をこした牝のリーダー犬エクリュークをはじめとする、十八匹の犬たちだけを頼りに。
 暗黒小説の雄としてのジョバンニには、数年前処女作『穴』で挫折して以来ノータッチのままで今回が初めて。獰猛な極地犬たちが丸々とふとった一匹のボクサー犬を胃袋のなかに収めてしまうショッキングなシーンを始め、随所にそれらしき描写はありますが全体としてはストイックかつ読み易い文体。
 着替えの衣類や防寒用のテント、薬や注射器その他怪我をした際の手術器具、地図・羅針盤・高度計、及び食料といった備品の調達や下準備。橇犬たちの訓練と、新たに加わったリーダー犬候補ブルとエクリュークのせめぎあい。再婚した元妻ヴァージニア・フィンソンとの交流や、その夫でありレースに参加する石油会社の副社長、グレッグ・ハーウェイとの対立。上客をダンに殺されたガイド役のハンター、マート・ミードルウストとの因縁・・・。それらの各要素が、全編の約半分に渡ってじっくりと描かれます。
 後半になると打って変わってスピーディーな展開。三月三日から二十三日まで、とんでもない悪天候に見舞われつつ短いセンテンスで、疲労し切って半ば亡霊と化した犬橇使いたちが描かれるストーリー運び。運営側もチェック・ポイントのトレースやコース整備が追いつかず、一日中橇を駆った末に前進どころか三マイル後退していたとかもザラ。競争と言うより実態は耐久レースに近く、死と隣り合わせの環境下で出場者の方々もバンバンお亡くなりになります。そんな中、出発時に継ぎの当たった装備を嘲笑されたダンは頑なに速歩のペースを守り続け、いきなり区間一位に食い込むのですが・・・
 ハードな自然描写と哀愁を帯びた結末が心に残る長篇で、彼のノワール作品よりも一般向け。7.5点相当ですが、8点を付ける人がいてもおかしくない。ただあのエピローグは虚しすぎるので、あるいは無いほうが良かったかも。

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