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ミステリの祭典

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ザ・ボーダー
アダン・バレーラ&アート・ケラーシリーズ

作家 ドン・ウィンズロウ
出版日2019年07月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 Tetchy
(2020/07/12 00:51登録)
『犬の力』から始まる、かつての義兄弟だった麻薬王アダン・バレーラと麻薬取締官アート・ケラーの因縁の物語最終章である。しかしアダン・バレーラは前作『ザ・カルテル』でセータ隊との最終決戦の場で命を喪い、既に退場している。しかしこの男の権力の影響がいかに大きかったか、それを彼の死によって再び麻薬戦争の混沌が激化するメキシコを描いたのが本書である。
『ザ・カルテル』では3.5ページに亘って殺害されたジャーナリストの名が連ねられていたが、本書でも同様で実に細かい文字で2ページに亘って2014年に拉致され殺害された43名の学生たちの名前が書き連ねられている。更に2017年に殺害されたジャーナリスト、ハビエル・バルデス・カルデナスと世界中のジャーナリストの献辞が捧げられている。
時代は下り、犠牲者の数は減ったのかもしれないが、実情は全く変わっていないのだと思わされる献辞である。

今回ケラーが戦う舞台はメキシコではない。彼の舞台はアメリカ本土。
自分が所属している麻薬取締局、アメリカ上院、そして合衆国大統領らがケラーの相手なのだ。
つまりアメリカという病理との戦いがこのサーガの最終幕となっている。

まだ子供だった頃、麻薬という言葉を初めて聞いた時、その恐ろしさからてっきり「魔薬」と書くものだと思っていた。
本書の中でもアメリカが参戦した最も長い戦争はヴェトナム戦争でもなくアフガニスタンでもなく、麻薬戦争なのだと書かれている。もう50年も経ち、今なお続いている。私が生まれる前から続いているのだ。
そしてケラーにとってそれは40年にも及ぶ戦いだ。裏切りと違法捜査、そして殺戮の連続の40年。

正義対悪の構造を持ちながら、肥大する麻薬カルテル達―何しろ自前の軍隊まで持っているボスもいる!―に立ち向かう政府機関の連中ももはや綺麗ごと、正攻法では彼らに敵わなくなっている。毒を以て毒を制す。従って巨大な麻薬カルテルの息の根を止めるには正義の側も悪に染まる必要があるのだ。

いつ終わるとも知れぬ偽りと裏切りの日々を暮す。いつ正体がバレ、家に乗り込まれるかと怯えながら夜中に突然起き出す日々。自然表情や言動が殺伐としたものになり、いつかは一緒になろうと決めた相手の心が離れていく。そしてそれを止められない自分がいる。
もっと大きな悪を捕まえるために命の危険性が高いフェンタニル―なんと触っただけで死に至る劇薬だ―の取引を見過ごし、そのフェンタニルの過剰摂取によって死んだ者を目の当たりにする。

…読書中、こんな思いが頻りに過ぎる。
ここまで人生を賭けて、生活を犠牲にして、心を病んで戦わなければならないものなのか、麻薬戦争というものは?
しかしウィンズロウはそれを読者に見事に納得させる。彼は麻薬ビジネスに関わる人たちの点描を描くことで麻薬に手を出したことでいかに彼ら彼女らが不幸になっていくか、悲惨な末路を丹念に描いていくのだ。
作る側、売る側だけでなく、それを運ぶ側、知らないうちに巻き込まれてしまう側、そして使う側それぞれの変化を描くことで上の切なる疑問に対する回答をウィンズロウは我々読者に与えていく。

いや正確には我々読者の良心に問いかけているのだろう。
こんな人たちが現実に起こっているのにそれでも貴方は見て見ぬふりができますか?
そしてその問いに隠されているウィンズロウの痛烈なメッセージは次のようなものだろう。
もしそれが出来るならば貴方もまたカルテルの仲間なのですよ、と。

断言しよう。アート・ケラーは再び我々の前に姿を現すだろうことを。
しかしそれは即ち裏返せば麻薬戦争が終わらない、麻薬カルテルが一掃されないメキシコの惨状が続くことを意味している。それならばたとえウィンズロウの一読者としてもケラーとの再会は望まない。一人の人間として本書が本当に最終章になることを望むばかりだ。

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