(2020/09/01 21:36登録)
(ネタバレなしです) ヴィンセント・スターレット(1886-1974)はカナダ出身ですが幼少時に米国へ移住して米国で定住しています。小説家としては長編は10作にも満たず、短編作家として評価されているようです。シャーロキアンとしても大変有名で、世界初のホームズ研究書とされる「シャーロック・ホームズの私生活」(1933年)を書いたりホームズ愛好団体の「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」の創設メンバーの1人だったそうです。1937年発表の本書(論創社版は1946年改訂版のようです)は日中戦争勃発前の中国を舞台にした本格派推理小説です。戦争危機の緊迫感はそれほど強くありませんが、この時代の中国に国外からビジネス客だけでなく観光客も集まっていたというのは意外でした。ナチス政権下のドイツを舞台にしたダーウィン・L・ティーレットの「おしゃべり雀の殺人」(1934年)と読み比べるのも一考かもしれません。舞台が建物の一部を裕福な外国人に貸している中国寺院というのもこだわりを感じます(見取り図が欲しかったですが)。第一の事件が意外と早く解決されるなど本格派としてはやや型破りで、「笑う仏」のような怪人物の正体には失望を感じるところもありましたが、異国描写と時代性描写という点で貴重な作品には違いありません。
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