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ミステリの祭典

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指先の女

作家 多岐川恭
出版日1961年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/06/24 10:44登録)
 著者八冊目のミステリ作品集。昭和三十六(1961)年十月刊行。『異郷の帆』で少し触れたようにこの年の創作意欲は凄まじく、長編『変人島風物詩』を皮切りに、ほぼ毎月長編または短編集を世に送り出している。直木賞受賞後の数年間で最も活動的な時期である。本書はその昭和三十六年度最後の作品集で、第十二長編『人でなしの遍歴』と第十三長編『絶壁』との間に挟まる。
 収録されているのは表題作の他に あつい部屋/餌/路傍/吉凶/峠の死体/雷雨 の全七篇。昭和四十八年刊の『捕獲された男』ほど直截ではないが、直木賞受賞作『落ちる』以降の〈気弱な人間が変貌する瞬間〉にこだわる姿勢は変わらない。本書の上位短編もほとんどがその系列である。
 表題作の骨子は乱歩の『二癈人』だが、それにもう一人女性を加えたところがミソ。東京から離れた温泉宿へ湯治に訪れた夫婦と、部屋へ整体に呼んだ指圧師の間でストーリーは進行する。自分の殺害を黙認したかつての妻をマッサージしながら、そろそろといざりよるように自分を突き落とした男に語りかける盲人の不気味さは出色。鬼気迫る作品である。
 巻頭の「あつい部屋」はさらに徹底している。つまらぬ男に利用され軽んじられ、別の女を引っ張り込まれた挙句使用人のように扱われる女。男の留守に下働きの青年と結ばれ、駆け落ちを囁かれるも一向にえ切らない。どこまでも気弱な〈都合のいい女〉が遂に爆発する時、果たして何が起きるのか。たまらないほど蒸れた酷暑のクリーニング屋を舞台に、タイトルとオチが冴えている。
 探偵小説専門誌「宝石」発表の「路傍」は温泉宿に泊まった若夫婦を軸に、一連の人生模様を描いたもの。若干推理要素もあるが、それがメインではない。東京での成功を夢見るバーテン修行の娘さんがいい。30P程度の長さで印象に残る脇役を書けるのは、この作家の力量だろう。
 トリの「雷雨」は脳出血で半身不随となった重役に弄ばれる若妻が主人公。雷雨の夜を衝いて自宅を抜け出しかつての恋人に迫るが、会社での立場を気にする男に拒絶される。病身の不満を妻にぶつける夫は、そんな二人を掌中で転がしほくそ笑む。いつものテーマで女性が覚醒する例は珍しい。
 フグ毒による事故中毒死を装った「餌」もなかなか。「吉凶」「峠の死体」は少々弱いが、最盛期だけに『捕獲された男』以上にハズレは少ない。本集に限らず多岐川短編に接する機会があれば、まず読んでおく価値はある。

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