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ミステリの祭典

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牝(めす)

作家 多岐川恭
出版日1962年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/05/11 09:46登録)
 あどけない美貌を持つ十七歳の少女・黒田茂代は中学卒業後、支店長・木山平次郎に目をかけられながら小さな信用金庫でたのしく勤めていた。店の者に重宝がられ、愛されながら誘惑には決して応じない茂代。だが彼女はある日、信用金庫のドル箱顧客・古賀に犯されてしまう。彼女は翌日欠勤しそのまま勤めをやめることにするが、支店長の木山にだけは理由を話した。
 茂代に関心を寄せる木山は、心臓に持病を持つ妻・岳子の世話をするという口実で、住み込み家政婦として彼女を雇う。それは茂代の変転極まりないサクセスストーリーの始まりだった・・・
 『吸われざる唇』に続く多岐川恭の第16長編。昭和37(1962)年2月東京文芸社刊。代表作『異郷の帆』を含む長編八本を発表した前年には及ばないものの、この年も早川書房『孤独な共犯者』を皮切りに六冊の長編を刊行しており、著者最盛期の作品であると言えます。
 あとがきには〈貧しい環境に育った美女が、男を利用しながら、次第に社会の上層にのし上がってゆく物語〉〈ヒロインは私の分身と言ってよく、ナルシズムめいた愛着を私は抱いている〉とあり、楽しみながら執筆したことが窺えますが、特筆すべきはいわゆる悪女物ではないこと。男を破滅させながら上昇してゆく茂代ですが、基本的にどの男性に対しても(一人を除いて)貞操を守っており、彼らの崩壊はお互い同士の争いの結果、彼女を失うことで訪れます。
 またミステリ的な目論見というべきものも茂代自身の発案ではなく、第三者の策謀。いわば女を題材にして現実世界に絵を描くようなもので、それも彼女と自己を同一視した無私の献身。処女作『氷柱』に始まるニヒルな純愛の完成形ですね。茂代との繋がりも精神的なものに終り、最後まで肉体関係はありません。
 いずれにせよタイトルイメージとは異なった、ちょっと風変わりな小説。黒田茂代という女性は作者の理想像でもあるそうですが、力を入れただけあって、ある程度の打算はあるものの嫌らしい臭みのない、それでいて現実的な存在として書かれています。

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